永久凍土帝国アナスタシアII−15


ビリーは静かに言うと、引き金を引いた。
ガンマンの英霊は数少ないが、故にビリーの攻撃は誰にも追いつけない速度を誇る。大量生産された武器の時代の先駆者である英霊の銃弾は、まっすぐカドックに向かい、そして、アナスタシアを貫いた。

息を飲んだのは誰だったか。少なくとも、唯斗だけではなかっただろう。

血を流すアナスタシアに、思わず唯斗は目を伏せた。よりにもよってアナスタシアに、最後の攻撃が銃弾など。


「…やっぱり…銃は苦手ね……」

「な、何をしてるんだアナスタシア!!!」


カドックの悲痛な声に、アナスタシアは微笑んだ。
アナスタシアの体は力が抜けて、退去の光が発生し始める。カドックはその体を抱きかかえた。


「…馬鹿ね、カドック。私はサーヴァント、あなたが死ねば私も死にます」

「僕には大令呪があった!これがあれば世界を再構築できる、そうすれば勝てた!」

「そんな勝利に、なんの意味があるのでしょう。私はロマノフ王朝の後継者、アナスタシア。かすめ取るだけの勝利に意味はありません」

「それでも…!」


アナスタシアの体はすでに透けている。それでも、その指がカドックの不健康な頬を撫でた。


「…殉死も許しません。自爆も許しません。私は信じています。あなたなら、どれだけ選択肢を間違えても、必ず成すべきことを為すと」

「…いいや、僕はいつだって、『できるはずだった』っていう後悔だけさ」

「その後悔を抱いて生きなさい、マスター。私、もう二度とできません、銃弾の前に身を投げ出すなんて。いい?私は、あなたが私を信じてくれたから、サーヴァントとして当然のことを成したのです」

「っ、」

「ふふ、光栄に思ってちょうだいな…私のかわいい人……」


やがてアナスタシアの体は完全に消失した。一応それを待ってくれていたらしいビリーは、すぐにカドックの背後に回り込み、殴打して気絶させる。


「どうする?マスターが命じるなら殺るけど」

「…そのままで大丈夫」

「了解、マイマスター」


これでクリプター側の戦力はすべて放逐した。しかし、空想樹からは振動が発生しており、地震のようにロシアの大地を揺らしていた。ホームズ曰く起動しており、大量の真エーテルに相当する神代の魔力が解き放たれようとしていた。
いち早く伐採することになったが、もはや唯斗は動けない。

唯斗はカドックをボーダーに連れて行く代わりに、立香に空想樹の伐採を託した。ベオウルフ、ビリー、マシュを連れて、立香は巨大な樹木へと駆けていく。

アーサーと二人になって、唯斗はなんとか立ち上がってカドックのところへ向かう。アーサーはカドックをひょいと右手で俵のように抱え上げると、左手で唯斗の腰を抱き支えて歩き始めた。アーサーに支えられながらボーダーに向かってゆっくりと歩くと、上空から戦闘音が聞こえてくる。空想樹も抵抗しているようだ。


「…すまない、マスター」

「いきなりどうした」


すると、アーサーは突然謝罪してきた。その声は本気で気落ちしている。


「…君を守ると何度も豪語しておきながら、実際、ロシアで僕は君に守られてばかりだった。ろくに君を守ることもできなかった。仕方がない、というのは重々承知しているとも。だがこればかりは理屈ではないんだ」

「…そんなに俺、アーサーのこと守ったりしたか?出力落ちてる分、フォローはしたつもりだけど……」

「冷静にそれができたから、僕も君もこうして無事なんだろう」


あまり自覚が無いことでアーサーが落ち込んでいるため、とりあえず素直な所感を述べたが、確かにそれは道理かもしれない。

特に、砦が襲撃された際に撤退を命じたのも、先ほどの戦いで魔術回路を酷使してでも戦わせたのも、運命の分かれ道になり得た場面だった。
アーサーは自分でも、今の現界ではこれが精一杯であることを十分理解している。その上で落ち込まれてしまっては、唯斗としてもフォローのしようがない。


「…特に先ほど、君は戦う覚悟を決めていたのに、僕は君を案ずるあまり敵に背を向けてしまった。それを君に叱咤された。ロシアでは全体的に、僕はあまり役に立てないどころか敗走し無理をさせながら僅かに戦うことしかできなかった」


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