永久凍土帝国アナスタシアII−16


すぐ右側を見上げれば、その美しい瞳は俯いていた。影が落ちても綺麗な顔をしていることに変わりはないが、そんな顔はして欲しくはなかったし、何よりこれは仕方のないことだ。
ただ、一つだけ気づいたことはあったため、唯斗は先にそれを指摘することにした。


「…なぁアーサー、お前さ、今回は俺のことを守ろうってのを意識しすぎてたんじゃねぇの」

「…?それは当然のことだろう」

「現界するのに精一杯なのにどうやって守り切るんだよ」

「っ、」


ざっくりとアーサーのセンチメンタルな心を切りつけてしまった音がした、気がする。こういうときに、コミュニケーション能力のなさを痛感する。
アーサーはもはや足を止めて立ち止まってしまった。それほどショックだったらしい。


「…悪い、言葉選べなかった」

「……いや……事実だからね……」

「まぁ選べなかったついでだから言うけど、その出力で今までみたいな動き方で守れるわけないだろ、敵だって強力になってるし何より環境も違う。何もかもギリギリのところで、人間一人を守る余裕なんてあるのかよ」


言葉が立て続けにクリティカルヒットしたようで、アーサーは完全に重たい空気を纏っていた。このままでカドックを落としてしまいそうだし、恐らくアーサーはそれを気にしない。


「…あのな、アーサー。前も言ったけど、俺はアーサーがいてくれるから冷静でいられる。立香を支えようと思える。自分の足場がしっかりしてるからだ。凭れる相手がいるからだ。アーサーに逃げろと言ったのは、アーサーに生きていてもらわないと俺が生きていけないからだ」

「…、唯斗」


つい名前を呼んだアーサーに、まだ任務は完了していないものの、今回は咎めずにおくことにする。


「自覚してる通り、今は現界を維持するだけでギリギリだけど、だからこそ俺は頑張れてる。なら、俺もアーサーも、この状況でできる最大限のことをこなすには、お互いに協力していくしかない」

「…協力」

「そ。いつもしてる、って思うかもしれないけど、出力が落ちてる今、それはもっと切迫したもんだ。俺もアーサーもギリギリ、力も十全に発揮できない。なら、俺とアーサーで助け合わなきゃいけない。一緒に戦って、一緒に守らなきゃいけない。俺はアーサーを守るしアーサーのために戦う。アーサーは俺を守るし俺のために戦う。どちらかがどちらかを一方的に守ることは、まだ当面できない」

「…、確かに、そうだね」

「てっきり理解できてるかと思ってたけど…そういや、アーサーも完璧な王子様じゃなかったな」


小さく笑って言ってやれば、ようやくアーサーも表情を緩める。


「…あぁ、そうだとも。所詮、僕もまだまだ君の前ではただの男だ。見栄を張って守るなんて言って、重要なことに気づけていなかった」

「意外と抜けてるもんな」

「君には言われたくないな」


アーサーはそう笑うと、改めて、唯斗の腰を抱き寄せる。


「君を守り切れるほど強くない状態の僕だからこそ、より一層、僕は君が必要だ。本当に君は強くなった。心も、体も、技術も、思考も、覚悟も、すべて。共に戦ってくれるかい、マスター」

「当然だ、俺の騎士」


唯斗の返答を聞いて、アーサーはそっと顔を寄せようとしたが、唯斗はその口元に指を添えて止めさせる。アーサーの後ろには、意識のない状態とはいえカドックが見えているし、上空からは佳境らしい戦闘音も聞こえてくる。


「そこから先は二人のときな」

「…っ、ちょっと男前度が上がりすぎてないかい」

「嫌みか」

「そういうわけでは…はぁ、この場が僕だけなのが救いか」


騎士王に男前だと言われても何も嬉しくない。世界で一番イケメンであろう顔面を手で制しているこの状態では嫌味にしか聞こえない。アーサーは少し呆れたようにしつつも、さすがにそれ以上は憚った。


それから20分ほど、ようやく空想樹との戦いが終わったことで、巨大な樹は轟音とともに崩壊し、同時に、曇天は急速に晴れ渡って青空が広がった。
この閑散としたロシアの大地に、今、450年ぶりに快晴がやってきた。

ロシア異聞帯の空想は切除された。多くの犠牲の末に得られたものは、きっと罪悪感だけなのだろう。それは立香やマシュをこれからも苦しめる。
唯斗は今度こそ、グランドオーダーでできなかったことを、立香とマシュを支える役割を、しっかりと果たしたいと思った。

それは、今こうして唯斗を支えてくれる騎士王がいるからこそ、できることだった。


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