無間氷焔世紀ゲッテルデメルング−2


甲板に出ると、すぐに風圧で落ちそうになった。アーサーに支えられ、なんとか立ち上がり、車両後方を強化した視界で見つめる。


「…は、嘘だろ」


戦車かと思ったら、人だった。
なんと、マカリー司祭を名乗る神父が、走っているのだ。


「いや生身の人間が戦車まがいのことするって、なんだそれ!?いや疑似サーヴァントらしいけど、そういう次元、じゃ、!?」


神父はRPGを捨てると、ロケットランチャーに切り替える。地対地砲弾が放たれて、ボーダーに直撃する。
ぐらりと大きく揺れて、慌ててアーサーに抱き締められた。


「っぶね、落ちるかと思った」

「気をつけてマスター!」


そこに、別の人影が甲板に現れる。マシュが出てきたのかと思ってそちらを見ると、なんと、左舷側のハッチからよじ登ってきたカドックだった。どうにかして拘束を外したらしい。


「なっ、カドック!?」

「…チッ、先客がいたか。手詰まりだな」

「この状況で飛び降りたら死ぬぞ!」

「分かってる」


カドックは飛び降りる以外の選択肢がなさそうなことに気づき、諦めたようだ。これ自体が脱出艇である以上、ここから逃げるための乗り物など存在しない。

さらに、立香とゴルドルフもハッチを開けて外に出てきた。車内ではマシュもシールドを展開しており、砲撃を跳ね返している。


「…フン、あんたも来たのか。随分顔色が良くなったじゃないか」

「パツシィに怒られたからね」

「…あのヤガにはしてやられたよ。あの言葉には勝てなかった。もう二度と負け犬の遠吠えを馬鹿に出来ないな」

「何を悠長に話している!今なら国際条約に則った扱いをしてやるから戻れ!」


ゴルドルフはカドックに呼びかける。カドックも手詰まりだと認識している通り、抵抗する素振りは見せなかった。


「…分かった。約束したからな、無駄死にはできない。無様でも最後まで生き残って……」

「ほう、それは良かった」

「なっ、ラスプーチン…っ!」


なんの前触れも無く、カドックの後ろに人影が現れた。あの神父だ。
カドックが避ける暇もなく、神父は後ろからカドックの背中に手で一突き入れて、カドックは血を吐く。内臓が破裂したのではないだろうか。
神父はぐったりとしたカドックを抱きかかえる。


「…本当の真名はラスプーチンか。まぁ、その方がしっくりくるけどな」

「残酷なことだ。君がカドックについていれば確実にカルデアは滅ぼせただろうし、ロシア異聞帯は他の異聞帯にも引けを取らない強度を誇っていただろうに」

「カドックを放せ!」


意外にも、声を上げたのは立香だった。ラスプーチンはそれに残念そうな表情を浮かべた。


「それはできない。私にも立場があるのでね。カドック・ゼムルプスはクリプターとしての役割を終えた。ならば、慈悲をもって終わりを与えなければ。それが異星の神からの指示だ」

「ほう、異星の神とは興味深い」


そこに、ゴルドルフの後ろからホームズが現れた。マシュも続けてやってくる。ラスプーチンの移動を確認して甲板に出てきたようだ。


「できればお聞かせいただきたいな、ラスプーチン。異星の神とはなんなのか、そしてなぜ、死体が焼失しているはずの言峰神父の体に憑依しているのか」

「それを解き明かすのかあなたの本質だろう、シャーロック。君は人理焼却を『神話級の殺人事件』と評した。今回もそのようにラベリングをしてみればいい。『いったい誰が、どうやって行った犯罪なのか』、誰に咎があったのか。君の口からそれが聞けることを楽しみにしている」


そう言って、ラスプーチンはカドックを抱えたままボーダーを飛び降りた。あっという間にその姿は見えなくなる。


「ホームズさん!追いかけないと…!」

「いや、追いつけないし、ロシア領に戻る危険も冒せない。追跡を考慮していなかった私の落ち度だ。カドック・ゼムルプスへの尋問は諦めよう」


悔しげに見つめる立香とマシュに、唯斗は気休めかもしれないが、カドックの生存の可能性を話しておくことにする。


「多分、カドックは生きてる」

「そうなのですか…?心肺停止のように見えましたが…」

「一瞬だけな。多分、蘇生できると思うし、そのつもりなんだろ。あれは、霊基しか残っていない、人格のそげ落ちたラスプーチンらしいけど、それでも、やっぱりラスプーチンであることに変わりない。アナスタシアの願いは、カドックに生き続けてもらうこと。多分…ラスプーチンなら、それを聞き届けると思う」


ニコライ2世の一家にとって、家庭教師でもあり心のよりどころでもあったのがラスプーチンだ。しかし市民にとっては、皇帝家に取り入る怪しいオカルト男だった。
皇室の悪い噂がモスクワに蔓延り、それはロシア革命の折にロマノフ王家を追い詰めることになる。


「…なんにせよ、今から助けに戻るのは非現実的だ。ボーダーだってエネルギーは無限じゃない、早くスカンジナビア半島の中の異聞帯に突入して、必要な物資を調達しないと」

「そうだね、私もミスター・雨宮に同意だ。生きているかもしれないなら戻るのも手だったが、あの速さだ。人間戦車と張り合う体力は、このボーダーには残されていない」

「ならば早く全員船内に戻りたまえ!」


ゴルドルフの号令で、全員ハッチから車内に戻る。カドックからの情報は得られなくなってしまったが、正直、生きていてくれるならそれでいい、と思ってしまうのも確かだった。
そしてそんな自分を、唯斗は間違っているとも思わない。


55/359
prev next
back
表紙へ戻る