無間氷焔世紀ゲッテルデメルング−3


ラスプーチンの襲撃から3日ほど、ボーダーは北欧を包む嵐の壁に接近し、直前で虚数潜航を開始した。
現実とのスレスレを航行することで、縁なしでの浮上を試みるのである。

電力の関係から否応なしに一度北欧に浮上する必要があるため、スウェーデン南東部沿岸を目指していた。

しかし、航行中に突如として別の動態反応が観測されたことで、ビビり倒したゴルドルフが緊急浮上を命令。ダ・ヴィンチも観測できないものが近くにいるリスクを鑑みて了承し、シャドウ・ボーダーは緊急浮上を行った。
誤差は10日間ほどだが、かなり無理のある浮上となったことで損耗しており、浮上後はすぐに迷彩をかけて充電を開始した。

一方、異聞帯の調査のため、ロシア同様に立香とマシュ、唯斗、アーサーでボーダーの外へと出ることになる。

だが今回は、マシュは最初から武装している。いかつい魔術装甲をオルテナウスといい、デミ・サーヴァントとして中の英霊ギャラハッドがいなくなってしまった穴を技術で埋める。
宝具の正門が歪んで見えたのは、英霊のものではなくオルテナウスという技術のものだからだ。

ハッチを開けて4人が外に出ると、そこには、一面の銀世界が広がっていた。


「…こりゃ、すごいな」

「あぁ、とても幻想的な景色だね」


アーサーも感嘆の息をつく。それほどまでに、この景色は美しかった。
凍り付いた針葉樹林が太陽の明かりを受けてキラキラと宝石のように輝き、ロシアと同じながら穏やかな雪景色はまさに雪化粧というものだ。


「気温は摂氏3度、礼装なしでも滞在可能な外気温です」

「ロシアより温暖なんだね」

「いや、実際のノルヒェーピングよりは暖かくなってるな。もうちょい寒いはずだけど…にしても、それこそベオウルフはここに召喚されてもおかしくないのにな」

「ベオウルフ?」


立香はロシアで共に戦った戦士を思い出す。ベオウルフは本来、この地域の英霊だ。


「ここは旧エステルイェータランド県の港町、ノルヒェーピングだ。現代スウェーデン語ではノーショーピングのが正しい発音だな。エステルは東、イェータランドは英語でゴートランドにあたる」

「あぁ、ゴート人の故郷か、ここは」


アーサーもその名前で合点したらしい。ゲルマン移動の発端となった民族だからだ。


「ゴート人はこの辺りに暮らしていて、そこから暖かい南へと移動する。そしてルーマニアからウクライナのあたりに定住するんだけど、そこにフン人がやってくる」

「なんか毎度毎度、フン人が来るところから始まるね」

「古代から中世に切り替わるタイミングだからな」


歴史の転換点そのものだ。ゴート人はウクライナあたりの東ゴート人とルーマニアあたりの西ゴート人に分かれていたが、フン人による東ゴート人の殲滅に恐れを成した西ゴート人はローマ帝国内へと移動、それを皮切りにゲルマン民族が相次いで西欧へと流入し、西ローマ帝国滅亡を招いた。


「ゴート人の功績はまず、ルーン文字を成立させたこと。それ以来、ゲルマン語における文字・文法の父となった。フォントの名前にゴシック体ってあるだろ、あれも『ゴート語の』って意味だ。後に野蛮なものを意味する言葉として使われるんだけどな」

「へえ〜!」


文字の語形の元となったゴート語は、やがてゴシック体というフォントの名前になったほか、その粗野な振る舞いとローマを滅ぼした逸話から、「野蛮」「粗野」「荒れ果てた」というニュアンスを持つようになる。
いわゆるゴスロリ、ゴシックアンドロリータにおける「ゴシック」はこちらの意味であり、退廃的な美を意味する芸術分野を指す。

ベオウルフは、ゴート人がいなくなってからもなお「ゴート人の土地」と呼ばれたイェータランドの王となった人物として描かれる。


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