始まりの惨劇−6
管制室は真っ先に襲撃されているであろうことから、唯斗は立香たちの捜索を優先しようとしたが、すでに自室の外では中央棟全体が戦場となっているようで、激しい戦闘音が響いていた。
階下に降りると、先ほどまでなんともなかった廊下が荒れ果てており、天井板が剥落してコードが垂れ下がり、カーブを描く壁やガラスの衝立に亀裂が入り、銃痕が無数に穴を空けている。
その廊下を走って、東館に入ると、そこから階段を降りて格納庫に向かった。
しかし、ぞわりとした悪寒が走り、階段の途中で足が止まる。腕の中のアウラードも何やら警戒したようにじっとしていた。
これは高出力の魔力反応だ。間違いない、サーヴァントのものである。
さらに、物理的に冷えた空気が漂ってきて、階下から悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあ!?な、なんで英霊が…っ」
「やめろ、来るなぁ!!」
先ほどのスタッフたちのものだ。地下に向かっていたはずなのに、階段を上がろうとしていたらしい。何かから逃げてきたのだろう。
助けに行こうと足を踏み出した、そのとき、ひときわ大きな悲鳴と魔力反応とともに、すべてが沈黙した。
「…まだ上にいるのね」
少女の声が聞こえてきて、こちらの存在が認識されたことを察する。
唯斗はすぐに階段を戻ったが、今度は上階からも大量の足音が聞こえてきた。人間のものではない武装した足音だ。
挟まれる、そう判断した唯斗は中央棟を管制室方面に向かって走り出す。荒れた廊下を走り、背後から迫る圧力から離れようとした。
「…凍えなさい、すべて」
しかしそんな声とともに、莫大な魔力が背後から放たれた。まずい、と思ったその瞬間、大量の氷柱が廊下を這ってきて、壁を突き刺し氷に閉じ込めた。
その一本が唯斗にも迫ったが、それは唯斗に当たる前に、結界に阻まれる。
すべてが一瞬のことだったため、唯斗の結界ではない。ふと、胸元が熱を持っていることに気づく。
どうやら、アーラシュがくれたターコイズにカルナの装甲の金装飾が施され、キャスターが結界術式を織り込んだ例のネックレスが、その術式を展開したようだ。
だが、続けて放たれた氷柱は今度こそ唯斗を捉える。
「ぐ…ッ!!」
氷柱が鋭く尖って唯斗の左肩を貫いた。冷たいはずなのに、カッと熱を持ったように感じられ、同時に、激しい痛みが脳天を揺らした。
「がっ、は…ッ!!」
真っ赤に染まった氷柱が、自分の左肩から先に見えている。一方、後ろからは誰かが近づいてくる気配も感じる。
「っ、ヴァズィ…!」
なんとか体を貫く氷柱を転移させると、大量の血が流れて廊下に散った。白い礼装は赤く汚れている。
それでも唯斗は走り出し、人気のない階段を一つ降りる。その際、せめてもの抵抗で防火扉を閉じて移動したが、僅かもしないうちに扉が破壊される重たい金属音が階段に響いた。
血が転々と足跡のように続いてしまっては撒くこともできない。すでに意識が朦朧としかけたが、唯斗は奥歯を噛みしめて踏ん張る。
絶対に、こんなところで死ぬわけにはいかない。きっとすでにアーサーが唯斗の気配を辿って、必ず助けに向かっているはずだ。アーサーが来てくれるのを信じて、唯斗は時間を稼がなければならない。
この怪我と血痕による追跡を考えれば、逃げ切ることは不可能。であれば、籠城しかない。
唯斗は降りた先の廊下から、ある部屋に飛び込んだ。かれこれ10回は、この部屋で召喚を行った。
そう、召喚ルームである。召喚術式が大きく床に描かれたその部屋に飛び込むと、扉をロックし、さらに結界を張る。
唯斗は思わず術式の描かれた床にしゃがみ込み、ドクドクと流れる血液が血だまりを造るのを眺めた。まるで、父の術式で触媒にされたあの日のようだ。
きっとあのときのようにアーサーが助けに来る。だが、それを座して待つだけでは、間に合わない。それしかできないような、無力な駒でもないのだ。