始まりの惨劇−7


唯斗は少しだけ座る位置をずらして、術式の外に出る。すでに部屋の外では、唯斗の結界に対して干渉が始まった。もうすぐに破られるだろう。凍結されていく廊下の冷たい空気が室内に入ってくる。


「アウラード、力を貸してくれ」


アウラードは応じて、唯斗の腕から出ると術式の中に立つ。

スフィンクス・アウラード、神獣であるスフィンクスの統率種の仔にして、唯斗とオジマンディアスの魔力が混合されて生み出された存在。ならば、きっと答えてくれるはず。


「なんかあったら呼べって、言ってくれたよな。…頼む、来てくれ」


唯斗は激しく痛む左肩を押さえていた右手を離して、術式に座ったまま手をかざす。


「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」


詠唱とともに術式は青白く輝く。マシュの盾がない以上、唯斗の魔術回路と左手の魔術刻印、召喚術の名家としての力、アウラードの力、そして縁。それらすべてを結集しての、最後のあがきだ。
同時に、ポケットも熱を持った。どうやら、ギルガメッシュがくれた指輪もまた、力を貸してくれるらしい。バビロンの宝物庫に貯蔵されたものだ、大量の魔力を含んでいるのだろう。これだけ揃ってもなお、きっと呼び出せる時間は僅かだが、そこに賭ける。


「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」


詠唱が完了した直後、術式は強く輝き、大量の霧が噴き出した。魔力が集積する反応と同時に、威圧感のある人物の気配。その威容に対して、優しい声がかけられた。


「…随分と早い再会ではないか」

「っ、オジマンディアス…!!」


霧が晴れて出てきたオジマンディアスは、血を流す唯斗に一瞬眉を寄せたが、すぐに足下のアウラードを抱き上げ、さらに唯斗も片手でひょいと抱えた。アウラードは唯斗の胸元に移動し、唯斗を左手で抱えるオジマンディアスは、部屋の外に意識を向ける。


「皆まで語らずとも良い。この速さでの召喚、それも極めて不安定な状態。襲撃されているのだろう」

「あぁ、頼む、オジマンディアス…」


さすがに電力なしでのオジマンディアスの召喚は、これだけ条件を揃えていてもきつく、唯斗は卒倒しそうなのをかろうじて堪えていた。


「フッ、お前に仇なすものあれば呼べと言ったのは余であるからな。この僅かな現界、お前を守ることにすべて費やそう」


オジマンディアスはそう言って、唯斗の頭を軽く撫でる。


「…よく耐えた」

「っ、」


不覚にも目元が緩みそうになったが、堪えて部屋の扉に視線を向ける。


「敵性体はサーヴァント1騎だ」

「では余の敵ではない。この神王ファラオのものに手を出したのだ、死をもって償わせるべきだが、そこまでは保たぬ故、今はお前を逃がすことだけに傾注する」


言うなりオジマンディアスは、杖を出現させて右手に持つと、唯斗の結界ごと部屋の扉を破壊した。杖の先から放たれた光線は扉を吹き飛ばし、外の氷すらも破壊する。
そこから外に泰然と出たオジマンディアスは、廊下に立つ少女に目を向けた。

白く長い髪、宝石のあしらわれた豪華なドレス。あしらわれた意匠はロマノフ王朝の家紋だ。宝石をドレスに縫い付けていたことも考えれば、すぐに正体に気づく。


「ま、まさか、アナスタシア皇女か!?」

「……ええ、そう、かもしれないわ。きっとそう。そうなのだけど…頭が霞む。けれど、あなたを殺すわ」


なんだか歪なしゃべり方だが、本人は恐らく肯定した。
ロマノフ朝最後の皇帝ニコライ2世の娘であり、ロシア革命の折、一家全員がイパチェフ館で銃殺された悲劇の皇女。とても英霊になるような人物ではないはずだが、見た目の特徴は彼女にしか当てはまらず、アナスタシア本人も肯定している。


「貴様を殺すには至らん幸運に感謝せよ、最後のツァーリの娘」


オジマンディアスはそれだけ言うと、杖を凍り付けの床にドンと1回打ち付ける。途端に、アナスタシア周辺が爆発を起こし、廊下ごと崩落して天井が崩れ落ちた。停電し、壁に穴が空いたことで暴風が吹き付ける。

オジマンディアスは白いマントで唯斗を包み、すぐにその場を走り出した。

管制室へと廊下を走ること1分、なんとか唯斗はオジマンディアスの腕の中で左肩の治癒を行った。
そこに、聞き慣れた声。


「っ、マスター!!」

「何をしているセイバー!!遅きに失するにもほどがあろう!!」


アーサーに怒鳴りながら、オジマンディアスはすぐに唯斗をアーサーに手渡した。アーサーの腕に収まった唯斗は、見上げた先に金髪と翡翠の瞳があることに、ようやく、もう大丈夫だと息をつく。


「すまないマスター、遅くなった。怪我は、応急処置は済んでいるね?よく逃げ延びた、もう大丈夫だ」


オジマンディアスは、唯斗の腕の中のアウラードを抱き上げる。


「これは余が連れて行く。よいか唯斗、何があろうと、お前たちの歩みはこの神王ファラオが認めたものだ。いかに世界がお前たちに牙を剥こうと、それはお前たちの非ではない。生きよ。必ず生きるのだ」


意志の強い瞳に言われ、唯斗は頷く。オジマンディアスはそれを見届けると、アウラードとともに退去の光に包まれる。


「それ以上の怪我を負わせればただでは済まさぬぞ、勇者」

「当然だ。恩に着るよライダー」

「貴様のためではないわ」


そう言って、最後にもう一度だけ唯斗の頭を撫でてから、オジマンディアスは消失した。
すぐに、アーサーは唯斗を抱えたまま走り出す。


「藤丸君とマシュ殿はダ・ヴィンチ女史とともに格納庫へ向かった。僕たちも急ごう」

「分かった」


飛ぶように過ぎていく廊下には、戦っていたゴルドルフの私兵たちの遺体が転がっている。血痕と弾痕が無数に点在する無残な廊下は、まるで現実感がなかった。


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