無間氷焔世紀ゲッテルデメルング−7


なんとかシグルドの脅威は去った。しかしカルデアは、またも苦難に陥った。

まず、シグルドはなぜかペーパームーンを奪って消えてしまった。これでは虚数潜航はできないため、ボーダーはただの車両となってしまう。
さらに、シグルドに投げ飛ばされてしまったことで、ただの車両としての機能も失っていた。かろうじてダ・ヴィンチが結界で隠しているが、もう動くこともできない状態だ。またも、修復のために時間を要することになる。

そこで、当然ながら立香とマシュ、唯斗、アーサーの4人で屋外での調査を行うことになった。

アーサーの怪我はなんとか完治させている。ホームズとアーサー二人分を唯斗がずっと治癒術式をかけ続けた結果、アーサーはなんとか回復し、ホームズは原初のルーンによる死の進行を遅らせることができた。
今はダ・ヴィンチが急ピッチで作り上げた英霊用の回復ポッドで休眠中である。

本当はアヴィケブロンのように常時召喚ができればよかったのだが、ここではできないらしい。電力や霊脈が乏しいこと、あるいは氷雪に含まれる魔力のせいか、理由はいくつか考えられるそうだ。

とりあえず4人での捜索はロシアでも行ったことであるため、ダ・ヴィンチに見送られてボーダーを後にする。まず目指すのは、北西の方角に観測されている集落らしき場所だ。

移動手段は、マシュのオルテナウスに魔力ジェット付属のスキー板を装着しての高速移動であり、立香はマシュに掴まって移動する。
唯斗はアーサーに抱えられて移動だ。

ジェットスキーで滑走するマシュとその後ろに掴まる立香、併走して走るアーサーと腕の中の唯斗。美しく煌めく氷の森林を、遠く青く燃える炎の山を垣間見ながら爆走している。
マシュはスキーに慣れて余裕が出てきたのか、隣で走るアーサーに抱えられた唯斗に話しかけてきた。


「それにしても、いったいどうしたらこんな環境になるのでしょう?」

「俺も、ここが神代の終わっていない北欧ってのは同意だ。問題は、どの時点か…つまり、ラグナロクの前か後かどちらか、ってことだな。さすがにラグナロク以前の北欧神代がこんな世界だったとは思えない」

「そうですね、断片として残っている神代の記録、サガやエッダでは、現代北欧と同じような環境が描かれていました」

「バルト海は凍らない海だ。スウェーデン南部、イェータランドからカルマル、スコーネにかけての一帯はスカンジナビア最大の穀倉地帯でもある。それがこの有様なら…やっぱりあの炎は、ムスペルヘイムに関連するものかもしれないな」


バルト海は、海の広さに対して外海への開口部がスカゲラク海峡しかないため、周辺の陸地から河川で流れ出る塩が多くなり、その塩分濃度から氷結しにくいことで知られる。
液体の水は温度が変わりにくいため、冬になるとバルト海の方が空気より暖かくなり、その海からの暖かい空気によってスウェーデン南部には豊かな自然が育まれる。
また、スウェーデン南部から東部にかけては、かつてバルト海が巨大な湖だった頃に、スカンジナビア半島が隆起してその大湖から切り離された池や湖が点在している。


「見たところ、川も湖も見当たらない。特にこのノルヒェーピングの辺りは湖が多いんだけど…ここまで地形が変わっていることを考えると、ラグナロクのあと、つまり紀元前1000年頃に時代が分岐してるんだろうな」

「ねぇねぇ唯斗、ラグナロクって、神々の黄昏ってやつだよね?北欧神話の終末論」

「あぁ。まぁ、原義では『神々の運命』って意味の言葉だ。北欧神話の重要な資料である新エッダの誤訳が流布しただけで、黄昏ってことじゃない。とはいえ言ってることは似たようなもんだけどな」


北欧神話の特徴の一つは、神々が敗北するという運命がすでに決められており、しかもそれを神々も知っていたというところにある。
終末論自体は、ゾロアスター教に始まる終末思想が、ユダヤ・キリスト・イスラームの「審判の日」と同じように伝わったものだ。


「魔術世界ではダ・ヴィンチが解説した通り、北欧における神代の終焉だ。メソポタミアでは紀元前26世紀にギルガメッシュが神と訣別して神代は終わり、北欧では紀元前11世紀頃にラグナロクで神代が終わる。神代にはどこも、一種の終末装置があるんだ。ギリシアで言えばトロイア戦争とかな」


人間の時代に切り替わる神代の終焉、その終末装置。それがすべての神話に存在する、というのが魔術世界での通説だ。


「北欧神話で言えば、スルトだろうな。ラグナロクをもたらし、北欧を焼き尽くし、自らも表舞台から消え去る。スルトはムスペルヘイムの門番でもある」

「じゃあ、例えばスルトが北の山岳にまだいて、南にはニヴルヘイムの神様がいて、お互いに拮抗してラグナロクがずっと続いてる、みたいな感じかな」

「それはそれで面白いけど、北欧神話は戦ってナンボだからな。戦わないでにらみ合う、なんて生やさしいところじゃないぞ」

「北欧神話と言えば、ワルキューレの戦士の魂を導くお話も有名ですからね」


立香の仮説は確かに状況的にはあり得るが、北欧神話の性質としては少し融和的すぎる。マシュが言うとおり、ワルキューレが戦士の魂を集めてヴァルハラに導くという神話のストーリーからも、戦いこそが基本だ。


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