無間氷焔世紀ゲッテルデメルング−10
ゲルダの案内で訪れた薬草の生える場所は、炎の山と氷の山との境目、炎熱で氷結がなく温暖な場所だった。
そこは緑があり、花も咲いていることから、ゲルダも「花園」と呼んでいた。ただ、そこは巨人が闊歩する場所であったため、なんとか戦闘をこなしながらゲルダの薬草摘みを手伝った形だ。
その後、マシュのスキーで撤退し、ゲルダの暮らす集落へと招き入れてもらった。
どうやら集落には結界が張られており、扉を起点としているようだ。農耕地を含む広大な集落はぐるりと木の壁に囲われ、結界の中は温暖で食料の栽培や魚の養殖も行われている。
また、魔術礼装型ドローンを飛ばすことで中継が可能となり、一時的に通信が回復。そこでゴルドルフがゲルダに尋問という名のただの質問を行ったところ、想像を絶するこの異聞帯の真実が見えてきた。
まずこの集落の名前は「第23集落」であり、1から100までナンバリングされただけの集落が北欧に点在している。
そして、集落には100人が常に居住するようになっており、そこで暮らすことができるのは25歳までの人間だけ。
25歳、および15歳までに子供を産めなかった者は扉の外に出て行くことになっており、その日は「御使い」がやってきて扉を開け、該当する者たちを外へと連れ出す。
つまり、御使いとは間引きのために派遣される存在ということだ。
この北欧は徹底的に管理された空間であり、人類は最弱の生物種として1万人の人口で飼い慣らされている。恐らくは神が実在しており、その魔力が北欧全体に行き渡り、これほどまでの徹底された管理が実現されている。
その事実は、ゲルダの家の客室で夜になってダ・ヴィンチと通信が成功したときに整理して、改めて確認された。
通信が不調となり途切れたところに、ゲルダがやってくる。
「あ、またふとっちょのおじさんと話していたのね?」
「ええと、話していたんですが、ちょうど今しがた繋がらなくなってしまって…」
「なになに、何と繋がるの?ふふ、マシュ様はたくさんあたしの知らないことを知っているのね!」
屈託なく笑うマシュは、言いづらそうにしながらも、今日知ったことを踏まえて尋ねる。
「…あの、ゲルダさん、お聞きしてもいいですか」
「なあに?」
『待て、そこからは私が聞こう』
すると、通信でゴルドルフが割り込んできた。あまりに言いづらそうにしているマシュに配慮したのだろう。
『そこの子供』
「あたし?」
『あぁ。君はこの世界を…いや、この集落とその周りにあるすべてについて、どのように感じて生きているのだ?つらくは、ないのかね。将来、大人になったときのことを考えたりは…外の世界を自由に見てみたいとは、思わんのかね』
「…??」
ポカンとするゲルダに、マシュも補足する。ゴルドルフの言葉は子供にはやや難解だ。
「…ゲルダさん。どんなに健康であっても20代で人生を終えてしまうこの世界で、どうしてそんな風に…あなたは、明るく………」
「え、え、え。マシュ様、お顔を上げて?ふとっちょのおじさんも、そんな困った顔をしないで?ごめんなさい、二人の言っていること、よく分からなくて…言葉は分かるのよ?将来も、自由も。あたしは自由よ、集落のどこへでも行けるもの!」
ゲルダは気遣いのできる聡明な子なのだろう、表情を暗くするマシュやゴルドルフ、立香に、自分の返答がそうさせているのだと理解している。
しかし致命的にずれている。当然だ、生きてきた前提がまったく違う。こちらの質問を完全に理解できるわけがない。
ゴルドルフは吹っ切れたように言葉を荒げた。
『ええい!どうなっているのだ、どうなっているのだお前たちは?!寿命を定められ、それを笑顔で受け止める、怒りさえなければ恐れすらないというのか!ヤガたちですら「生き抜く」という願いを持っていたというのに!私は不愉快だ!通信の調子も悪い!もう寝る!』
そう言ってゴルドルフは一方的に通信を終わらせる。マシュはフォローするように微笑んだ。
「ふとっちょさんの言うとおりです、ゲルダさん。あなたは…あなたは、この世界で、何かを願えていますか…?」
「えと、えと…大きなお魚が捕れますようにと、パンが美味しく焼けますようにとか…いろいろ…ごめんね、ごめんなさいね、あたしには、あなたたちの言っていることがよく分からなくて」
唯斗はそろそろ潮時かと口を挟むことにした。こういうことをする柄ではないと自分でも思うのだが、感情が動きすぎている彼らに代わって冷静でいるからには、その役目を果たすべきだろう。
「その辺にしとけ、マシュ。根本的な前提が違うんだ、自分が当たり前だと信じるものにそこまで強い疑いを向けられたら不安になるだろ」
「マスター…」
その唯斗の言葉に驚いたのはアーサーだった。唯斗がこういうことを言うとは思わなかったからだろう。マシュもハッとして、ゲルダに謝る。
「すみません、ゲルダさん。困らせたかったわけではないんです」
「謝らないで!御使いの言うことは難しくて分からないというけれど、本当なのね!すごいお話で、想像することもできなくて…」
唯斗は、まだ間違ったことを言っていないか不安そうなゲルダの頭をぽん、と撫でる。
「びっくりさせてごめんな、ゲルダ。俺たち、巨人にぺちゃんこにされるのが怖くて、巨人を倒せるくらい強くなったんだ。だから、将来、絶対巨人のいる外に行かなきゃならないのに怖くなさそうにしてるゲルダがすごいなって思ってるんだ」
「ふふ、御使いなのに不思議ね。御使いが魂をみんなのところに連れて行ってくれるから平気なのよ」
ひょっとしたら、御使いとはワルキューレのことなのかもしれない。死を恐れるものではなく、ヴァルハラに連れて行ってもらえる喜びに昇華するような、そんな北欧神話の在り方に似ているような気がした。