無間氷焔世紀ゲッテルデメルング−15


ブリュンヒルデは、どのバリエーションにおいてもシグルドを殺している。この愛憎劇こそ、北欧におけるシグルド伝承の真骨頂だからだ。
だからこそ、シグルドに対する切り札となり得る。確かに最強のカードだ。

美しい姿もさることながら、丁寧な物腰はたおやかで淑女然りとしている。

それを見て、ナポレオンはやたら良い顔をした。


「…美しい。ワルキューレの長女という話だが、なるほど納得だ。こうも惚れ惚れとする造形は古き神々の手によるものか。ありがとう神々よ、あなたの残した美はここにある。ぜひともお近づきになりたいものだ」

「……困ります…あの、すみません…ええと…フランス皇帝陛下、でしたか…困ります…」

「ふっ、美人を困らせるのは男の特権だな。いや、今のは最低か、取り消させてくれ」


途端に歯の浮くような台詞を蕩々と話し始めたナポレオンに、マシュは引いている。ランスロットは、ギャラハッドの性質に引きずられてのものだったため険のある感じになっているが、今のは本気で引いていた。


「…あの、ナポレオンさん…あなたはオフェリアさんに求婚されていたのでは…」


そう、昨日の王宮でのドタバタ劇での最も突拍子もない一幕が、ナポレオンによるオフェリアへの求婚だった。前回の突撃で一目惚れしたらしく、オフェリアもドン引きだった。


「おっと、痛いところを突かれちまったな。その通り、俺はオフェリアに心を奪われてしまっている。この霊基には面倒な癖があってな、現界すると必ずひとり恋人を求めちまうんだ。いや、冗談ではなく本当に。必ずひとり、愛を語らずにはいられないのさ」


確かに、フランス的な男性らしさをナポレオンに託す人々の願いが座にも影響しているのだとすればその理屈は理解できる。
一方、先ほどの台詞はなんなのか。


「で、では今のブリュンヒルデさんへの発言は…その…どういう…?」

「今のは違う、紳士のたしなみだ!」


必死に弁解するナポレオンに、立香も呆れたようにする。


「ねぇ唯斗、フランス人ってみんなこうなの?」

「あー…このレベルはそうそうないけど、まぁ、たしなみで口説くのは、なくはない、かな。でもその分、妻や恋人に対してはその何倍もの直接的な愛を伝えるのもフランス人だぞ」


もちろん個性はあるが、得てして愛情を表現するハードルが低いのがフランスだ。そこはドイツや北欧とは分かり合えない価値観だろう。
ナンパ野郎に見えるかもしれないし、実際そういう人物もイタリアほどではないが多いのも確かだが、だからこそ本命の妻や恋人にはより明瞭で大きな愛を語るのだ。バレンタインは恋人や妻にだけプレゼントをするのもその一つである。

すると、アーサーが唯斗を背後からごく軽く抱き寄せる。任務中にこういう接触は珍しい。


「アーサー?」

「君はまねしてはいけないよ、いくらフランストップクラスの英霊であっても」

「しねぇわ」


何を言っているんだとばかりに軽くどつくと、ナポレオンは唯斗のフォローに大仰に頷いた。


「そうだとも、フランス人はきちんと妻にももっと大きな愛情を伝える。かくいう俺も愛しのジョセフィーヌにだな」

「まぁ、奥方がいらっしゃるのですね。意中の方もいらっしゃって…まぁ…」


それに対して不穏な空気を纏うのはブリュンヒルデだ。完全に地雷である。


「…そうやって愛で人を惑わすのは…いけません…いけませんよ…」


直後、原初のルーンが起動した。極めて高度な幻覚術式だ。それによってナポレオンは、ブリュンヒルデがOKしたと思い込んだのか、雪の塊に頭から突っ込んでいった。
天下のナポレオンのそんな姿見たくなかった。


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