無間氷焔世紀ゲッテルデメルング−16
ボーダーを出発してからすでに1週間近くが経過していたため、ブリュンヒルデも合流できたことから、いったん連絡を取るためにスウェーデン領に戻ることになった。
途中、第67集落や第23集落を経由してきたが、ゲルダに再会できたのもつかの間、ボーダーから襲撃を受けているという通信を受けた。
そこで、猛スピードでノルヒェーピングに向かっている。もはやこの異聞帯での行動の半分はアーサーの腕の中で過ごしているような形だ。ブリュンヒルデの生暖かい視線がいたたまれない。
そうして辿り着いた旧エーレブルー県アスケルスンドにあたる地域にて、ついに爆走するボーダーの姿を捉えた。向こうの通信もこちらを完全に補足する。
『迅速な合流ありがとう!でも止まれない!止まったらワルキューレの餌食になっちゃう!』
ボーダーの上空には大量のワルキューレが飛行しており、次々と光槍を投擲している。
「では飛び乗りましょう」
「いいね!じゃあ掴まってろよ少年少女!」
ブリュンヒルデは淡々と言うと、一気に空高く跳躍する。続けてナポレオンもマシュと立香を抱え上げて飛び上がり、ボーダーの甲板へと向かう。
アーサーも地面を蹴って同様に甲板へと降り立った。
「マスターはマシュの後ろへ!」
「分かった!」
さすがに全速力のボーダーの甲板では風圧に勝てない。唯斗は立香と一緒にマシュの盾の後ろに隠れた。
ナポレオンとブリュンヒルデ、アーサーは上空のワルキューレを迎撃していく。
ふと唯斗は、盾越しにボーダーが向かう方向にあるものに気づいた。同時に、ダ・ヴィンチの意図も理解する。
「マシュ!急ブレーキ準備!」
「えっ…あ、なるほど!了解です!」
マシュも同様に気づいて身構える。直後、ボーダーは巨人の群れに肉薄して急停車した。つんのめったところを、唯斗より体幹が遥かにしっかりした立香に支えられる。
巨人とワルキューレを鉢合わせることで、混戦させる作戦だ。
その間に、統率個体を探していたブリュンヒルデが上空の一点を見つめ、そして呼びかけた。
「スルーズ!ヒルド!オルトリンデ!降りてきなさい!せめて私は、あなたたちの顔が見たいのです。あなたたちは違うのですか」
「…なぜ、なぜ人に与するのです、ブリュンヒルデお姉様」
ブリュンヒルデの呼びかけに応じて、ワルキューレ量産型は巨人との戦闘に集中し、代わりに3騎だけが甲板に降り立った。
金髪のスルーズ、ピンクの髪に明るい表情をするのだろうヒルド、そしてフードをしておとなしそうなオルトリンデ。自分たちを機械だと言い張るわりに、なぜか個性がはっきりとしている。
「私にとっては久しぶりですが、あなたたちにとってはどうでしょうね」
「…ええ。あなたは私たちのお姉様ではありません。狂えるラグナロクの炎熱をご存じではない、幸福な魂のお姉様」
ブリュンヒルデの問いかけには、スルーズが答えた。淡々と紡ぐ言葉は、しかし端々に感情が滲んでいるように思える。彼女たちには、とうに存在しないと自称するものだ。
「戒めから解き放たれたロキの謀略に始まり、神々と巨人が相打ちながら滅びていく…そして人の時代がやってくるはずでした」
「でも、そうならなかった。違う終末に迷い込んでいったんだ」
「だから、汎人類史のお姉様が現れたとき、私たちは嬉しかった。寄り添えると思っていたんです、私たち…」
ヒルド、オルトリンデも続けたが、ブリュンヒルデは悲しげに首を横に振る。
「…いいえ。それだけは、できないのです」
「だから眠っていただいたのです!そうすれば、敵対しない…お姉様にとっては、私たちは殺してもいい存在なのですか!?」
「そんなわけないだろう馬鹿者!!」
スルーズの慟哭に対して、ナポレオンが口を挟んだ。姉妹の語らいに邪魔を入れるつもりはなかったようだが、ブリュンヒルデに直接的な言葉を言わさないようにしようという紳士の計らいだ。
「殺した相手のものをすべて背負って生きていく。自分の行動のツケは自分で払う。それが勇士だ、それが英雄だ!」
「…ええ、その通りです。英雄、勇士のいない異聞帯で生きてきた姉妹たちよ。あなたたちはその末に、勇士の魂を導くという使命さえ忘れてしまった。それはもう、ワルキューレですらありません」
「っ!いくらお姉様でも…私たちを否定することは、許せません…!!」
スルーズたちは怒りを示す。明確な怒りは、感情以外の何物でもない。それを受けてもなお、ブリュンヒルデは憐憫を浮かべた。
その次の瞬間、ブリュンヒルデの槍は、スルーズを貫いていた。いや、3人まとめて薙ぎ払おうとした槍にスルーズと、さらにヒルドまでもが、自ら前へと飛び出したのだ。
言葉では怒りと否定を示していながらも、二人はまったく相反する行動を取ってしまった。それが、ブリュンヒルデの言っていた感情という「不完全性」なのだろう。