無間氷焔世紀ゲッテルデメルング−17
翌日、ついに最終決戦に向けて進軍することになった。
統率個体のうち、スルーズとヒルドは撃破、オルトリンデのみ撤退した。ボーダーの走行機能は回復しており、あとはペーパームーンを奪取するだけである。
また、シトナイの助言を受け止め、カルデアは空想樹の伐採も行うことに決定し、まずはその場所を吐かせるという意味でも、シグルドを倒すことを最優先課題とした。
ボーダーで走行すること数時間、途中で巨人を倒すことはあったものの、それ以上の敵と出会うことはなく、難なくオスロの王宮に辿り着いた。今回は大橋から殴り込みである。
一方、向こうも余計な露払いはさせず、最初から最大戦力を投入することにしたらしい。泰然と橋を歩いてきたのは、シグルドだった。さらに、オルトリンデも飛来してシグルドにつく。
「シグルド…!」
ブリュンヒルデは早速殺気をたぎらせる。橋の途中、カルデアと相対する場所で止まり、互いににらみ合う。
「クク、いいぞ。個々の力が増したわけではなかろうに」
「シグルド…会えたからには、殺します」
「?あぁ、ブリュンヒルデか、封印して以来になるな。汎人類史の英霊であれば敵対するも道理だろう」
「……他人行儀なのですね」
「他人だ、俺にとってはな」
ブリュンヒルデを前にしても、シグルドはまったく動じていなかった。
この世界は、人類が願いを持つことのない世界。ならば、英霊は生まれない。恐らく、常時召喚ができない最大の理由は、世界が英霊を受け付けていないからだ。
だとするとあの霊基はやはり汎人類史のシグルドということになるが、その場合、ブリュンヒルデに対する態度が理解できない。
「…やっぱ、汎人類史の霊基になんか別のものが入ってるのか…?」
唯斗は小さく呟く。すでにブリュンヒルデは臨戦態勢、いつでもシグルドに斬りかかれるようになっていた。
それを見て、唯斗の前に立ったアーサーは少し悲しげにする。
「…そうか。せめて今回こそは、シグルドとの逢瀬という殺し合いを、きちんと果たして欲しかったんだが」
「……今回こそ?」
「彼女とも、聖杯戦争で縁があったんだ。当然記憶はないようだけれど…いや、なんにせよ、シグルドは今や僕にとっても因縁の相手だ。負けっぱなし、というわけにはいかない」
アーサーは、ボーダーでも王宮でも、シグルドに勝てていない。今回も、出力はさることながらブリュンヒルデがいるということもあって、勝てるかは微妙だ。少なくともアーサー個人の勝利は難しいだろう。それでも、最大限バックアップはするつもりである。
「シグルド…あぁ、殺します!」
その一声を合図に、戦闘が始まった。
ブリュンヒルデは槍を携えてシグルドに飛びかかると、とてつもない力でシグルドに槍を叩き付けるように薙ぎ払った。シグルドは跳躍して飛び退いたが、ブリュンヒルデの槍が直撃した氷の橋は一気にひび割れた。
アーサーとナポレオンも続き、3騎がそれぞれ別の方向から立て続けにシグルドへの攻撃を行っていく。
ブリュンヒルデの槍をかがんでシグルドが避けたところに、アーサーの剣が突き出され、バク転で避けた着地点にナポレオンの虹色の光線が飛び込む。
その猛攻にニヤリとしたシグルドは、さらに再臨を進め、ついに素顔をすべて晒した。精悍な男前は眼鏡をかけており、物腰の柔らかそうな人に見えるはずなのに、醜悪な笑みを浮かべている。
やがて、ブリュンヒルデは息を切らしながらシグルドから距離を取り、そして鋭い声で尋ねた。
「…お前は、誰だ!!シグルド、いいえ、シグルドではない!!」
「いや?正真正銘、俺はシグルドだ、ブリュンヒルデ」
「違う…違う!お前は!そこで何をしている!!」
そう叫ぶと、目にも留まらぬ速さでブリュンヒルデは槍をシグルドに突き刺した。鮮血が氷の橋に跳ねて、ブリュンヒルデの槍を伝う。ついに、その攻撃が届いたのだ。
「感じますね?シグルドの顔をして、シグルドではないあなた。霊核を貫きました。これ、で、…」
シグルドを貫いたからか、ブリュンヒルデの体からは力が抜ける。マシュが慌てて駆け寄って、槍が引き抜かれたシグルドから離す。
そこに、橋の向こうから走り寄ってきたオフェリアの姿が見えた。すぐ近くまで来ると、血を流すシグルドに息を飲んで愕然とする。
『勝った!勝ったということでいいんだな!?』
『…待った。何かがおかしい』
浮かれるゴルドルフの声を遮って、ダ・ヴィンチの張り詰めた声が通信から聞こえてくる。いったい何事か、と思っていると、アーサーが戻ってきて唯斗のすぐ近くに立った。
「霊核が貫かれているのに魔力が減衰しない。あれは…」
アーサーは先ほどよりもむしろ警戒の色を濃くしていた。
すると、シグルドはゆっくりと立ち上がる。口の端から血を流しながらも、狂喜に歪めている。
「クク、ククク…!よくやった!これでシグルドの霊核が壊れた!俺はこのときを待っていた!!小癪な令呪で自害を封じられてからというもの、このときをずっとな!!」
その言葉で、唯斗は最悪の可能性に今更気づいた。いや、あり得ないと最初から除外していた自分の甘さ、異聞帯という世界への理解の甘さを呪う。
「…くそ、そういうことか…こんなことって、」
「マスター…?」
剣を構えて警戒するアーサーの後ろから、唯斗は呆然とするオフェリアに声をかけた。
「オフェリア!」
「あ……あ、私、ちが、こんな…だって、私のセイバーは、無敵で…だから、最終段階の解除を…あぁ…だめ、だめ…!」
「オフェリアしっかりしろ!あいつの中身は、まさか、スルトか!?」
「フハハハハハ!!ようやく気づいたか愚鈍な人間!!まぁ小僧の分際でその答えに至れたこと自体は褒めてやらねばなァ!!よりむごい殺し方をしてやるから楽しみにしていろ!!フハ、フハハハハハ!!」
自分でも自分の愚鈍さが腹立たしい。もっと早く分かっていれば、もっと早くこの可能性を誰かに伝えていれば。ブリュンヒルデにさえ言っていれば、せめてタイミングを調整することくらいはできたはずなのだ。
「山嶺の炎はムスペルヘイムのものだ。そして、同じ炎が最近のものであるはずのブリュンヒルデの館の結界にも使われてた。汎人類史の霊基なのに様子がおかしいシグルドは、人間を敵視していたし、自分は人間じゃないかのように言っていた。つまり、シグルドの霊基にスルトが入っていて、スルトは自分の炎でブリュンヒルデを閉じ込めたんだ…!」
『なんだってー!?なら、ラグナロクが終わらなかったのは、スルトが終末装置としての機能を果たさず、一人残ってしまったということかい?!』
「詳しくは分からないけど、概ねそういう流れだろ。くそ、あのでかすぎる太陽こそ、スルト本体か…!」
シグルドは事切れた人形のように倒れ、同時に、巨大な太陽が黒々と光って、どろりと何かが落ちてくる。立ち上がるのは、燃えさかる巨大な影、炎の巨人。
「唯斗、これって…!」
「…もう一度、世界が終わる」