無間氷焔世紀ゲッテルデメルング−21
大量の氷雪が昇華したことで吹き付ける猛烈な水蒸気の風とスルトの核兵器級の炎熱を前に、ナポレオンが巨大な砲塔を構えて立っていた。砲塔自身も大量の魔力によって炎を噴いており、それはナポレオンの肌を焼いていく。
それでもなお、ナポレオンは不敵に笑っていた。
「知ってるか新兵!人が不可能を語るとき、そこにはささやかな願いが込められるもんだ。もしかしたら、あるいは、ってな。市民は想った、あの皇帝ならばあるいは勝てるのではないか?別の時にはこんな風に想った。もはや、あの皇帝は市民の幸福の邪魔なのでは?結果どうなったか分かるか?どちらも叶えた!痺れるねぇ!」
フランス革命によってブルボン朝が廃絶され、マリー・アントワネットを含む王族すらも処刑された混乱の時期。革命の波及を恐れた諸外国からの内政干渉や宗教対立もあって、フランスは内戦に近しい状態になりつつあった。
ナポレオンは地方の軍港を平定したことから名前を挙げ、やがてパリでの王党派の反乱に対して、街路での散弾銃の一斉射撃による一斉掃討という方法で速やかに鎮圧し、新しい政府の樹立を助けた。
やがてそれはフランス国民全体の願いを一手に引き受ける存在となっていき、ベルギーとオランダに始まり、やがてポルトガルからポーランドに至るまでの欧州大陸部すべてをフランス帝国治世下に収めて見せた。
北欧は、当時のデンマーク=ノルウェー王国はナポレオンに従属し、スウェーデン王国はナポレオンの部下を王に据えたもののフランスから離反した。結果、ナポレオン戦争後、デンマークとノルウェーは解体されてノルウェーはスウェーデン領となり、のちに国民投票で独立、スウェーデンは現在までその王室が継続している。
百日天下もむなしく、最後は島流しとなって終わりを迎えるが、それでものちにフランスは第二帝政としてナポレオンの甥であるナポレオン2世を再び帝位に据えるのだ。
「願いに応えて勝利して、願いに応えて失墜した。それが結果だ。それがこの俺だ。人理が刻んだ、期待に応える英雄、英霊さ!」
なぜ見た目が大きく違ったのか、それは、ナポレオンがナポレオン本人というよりは、世界中がナポレオンに託した「英雄像」を具象化した存在だったからだ。これは、むしろナポレオンの概念といった方が正しいかもしれない。
「この異聞帯は願い、夢を抱けない。ならば誰かがそれを教えてやらねばなるまい。いや、いいや!それは、俺がやるしかあるまいよ!故に今俺は!ここに!勝利の虹を撃ち放つ!」
砲塔に収束した魔力は、とても英霊が持ち合わせる質量ではない。あれは、霊基そのものまで動員した、英霊そのもの。自らを砲弾としているのだ。
この絶望的な状況を打開するべく、英雄は、まさに英雄として振る舞った。
「
凱旋を高らかに告げる虹弓!!」
刹那、虹の光線が砲塔から解き放たれ、炎熱を引き裂いてスルトの眉間に直撃する。気候すら一定に管理された北欧には発生しない、大きな虹だ。
そのエネルギーによって炎熱は相殺され、周囲の針葉樹林ごとすべてを吹き飛ばす。
眩い光の中、退去の光に包まれながら、ナポレオンは唯斗と立香を振り返る。
「俺はここまでだ。ここから先はお前たちがやれ。お前たちが進め。迷ってもいい、悩んでもいい、だが止まるな。生きているのなら進め。生者の進む先が、人理の行く先だ」
そう言ってナポレオンが消失するのと同時に、辺りにもとの明かりが戻ってくる。穏やかな北欧の気温に戻るが、辺り一帯は焼け野原と化しており、しかし結界から後ろは元の美しい光景を保っていた。
世界を滅ぼす炎の剣は、一人の英雄によって止められた。先に進めと託された以上、次の一撃が来る前に、この死にそびれた終末装置を、終わらせなければならない。