無間氷焔世紀ゲッテルデメルング−24


唯斗があらかじめ予感していたように、スルトの消失を確認したあと、やはりスカディは北欧の女王としてけじめをつけることを宣言。
最後にカルデアと戦ったが、もはやスカディに力はほとんど残っていなかった。オルトリンデもその戦いに供をして消失している。
最後にスカディは、たまに見かけた鳥がオーディンの使い魔であるワタリガラスであること、空想樹の名前が「ソンブレロ」であることを教えて、一人、崩壊した王宮へと帰っていった。

ソンブレロ、乙女座銀河団には属していないながら同じ方角にある銀河の名前だろう。メキシコなど中米の民族帽の一般名詞であり、銀河の形がそれに見えることから名付けられた。

苦しいスカディとの戦いも終えると、そのまま立香たちは空想樹の伐採に向かい、無事、これを破壊。
スルト戦での宝具解放でなんとかというところだった唯斗とアーサーはまたも空想樹戦に付き合うことができず、やはりそろそろ唯斗も一時召喚ができれば、と思ってしまう。

また、マシュはオフェリアと最後の挨拶をすることもできた。唯斗はスルト戦前に互いにそれを前提に言葉を交わしたため、マシュに最大限時間を設けている。きっと、それをオフェリアも望んでいるはずだからだ。
そして、大令呪という術者の命を魔力に変換する術式によって、オフェリアは命を落とした。

マシュにとってはさらにつらいことに、ボーダーはゲルダに挨拶することもできないまま、北欧を後にする。すでに嵐の壁は消えており、もうこの異聞帯で成すべきことはない。
これ以上の接触は、誰の心にも傷になるだけだ。


そして現在、ボーダーは消滅して白紙に戻った旧スカンジナビア半島西部、ノルウェーの沿岸部へと向かって走っているところだ。


「北欧領を完全に通過、現在ソグネフィヨルドを超えて北海まで20キロ!いいんですか!?一向に海とか見えませんけど!?」


旧ノルウェー王国ヴェストラン県に位置する巨大なフィヨルド、ソグネフィヨルドを通過したボーダーは、海はおろか一滴の水も見えない白い大地を進む。
ムニエルは現在位置を確認してくれたが、先ほど消失した北欧を目の当たりにしたスタッフと搭乗員は全員、声を発することができなかった。

さすがに、操縦桿を握る以上はと職務に従じてくれているムニエルに申し訳ないため、唯斗は立ち上がってムニエルの席まで向かった。


「このまままっすぐ、南北にあった山岳でできてるだろう上り勾配を避けて行こう。充電は十分だけど、このあと彷徨海の座標にどうやって辿り着くか検討も立ってないし」

「おう、ありがとな唯斗!そして大人ども!見習ってくださいよ!なんなんすかこの空気!俺だって、唯斗だって落ち込んでるんですよ!?」


ムニエルは唯斗が気を遣ったことを理解して礼を言ったあと、主にホームズとゴルドルフに向かって言った。ゴルドルフはそこでようやく、重い口を開く。


「……はぁ。しかし…ゲルダ君…何をしてやれたというのだ。強く生きろ、など言える訳もなし。彼女に贈られた花も…あの集落も…ロシアと同じように、消えてしまうのだな…」

「…、そう、ですね…」


立香は椅子に座ったまま、沈痛な面持ちをしている。隣のマシュも同様に、オフェリアのことと合わせてかなり心が疲弊しているようだった。せめて心を落ち着かせる余裕くらいあれば良かったのだが、早急に彷徨海に合流して体勢を立て直す必要がある。
ボーダーもスタッフも、すべてのリソースが2つの異聞帯攻略で消耗していた。

ホームズはさすがにもうある程度は落ち着かせたようで、ゴルドルフの言葉に頷く。


「そうですね、異聞帯の戦いとはそういうものだと我々は学習しました。とはいえ、最初に経験したのがロシアと北欧であったことは幸運でした。現地住民が友好的だったからです。この先もそうとは限らない」

「そういうことではないわ!まったく、私だって貴族主義の人間だが、それでも、無垢な少女の笑顔をなかったことにするなど、できんのだよ…せめて思い返すことくらいは、世界の生存競争で負けた方には、思い返すことすらできんのだからな…」


やはりこの人はいい人なのでは、と思っていると、ムニエルはため息をついてハンドルを握り直す。


「…こんな気持ちになるなら、現地住民とは関わり合わない方がいいかもだな」

「いや、それはいけないよムニエル君」


それに対して、電算室から出てきたダ・ヴィンチはたしなめる。立香もそれには口を開いた。


「…うん、それはだめだ」

「そう。なぜならそれは、『顔を知らない相手なら殺してもいい』ということになってしまうからだ」


ダ・ヴィンチの言うとおり、知らなければ良かった、というのは、知らなければ殺していいと逆説的に考える余地を残してしまう。


「見なかったふりで進む方がつらい…いや、心が死ぬって話だな…って、はぁあ!?」


すると突然、ムニエルが素っ頓狂な声を上げた。同時に、けたたましいアラートが鳴り響く。
唯斗もすぐにモニターを見て、突然目の前に現れたマップパターンを見て絶句した。


「前方300メートルに空間断層!マップパターン青!これは…」

「っ、海…、彷徨海の入り口だ!彷徨海を囲む北海に落ちるぞ!」


唯斗は慌てて立っているスタッフたちに警告した。すぐに理解したスタッフたちは、俊敏な動作で椅子に座る。
この距離、この速度では間に合わない。


「アーサー!」


唯斗はすぐアーサーを呼び、アーサーも理解して唯斗を抱き締める。そのままアーサーは壁に背中をつけると、シートベルトもないまま、唯斗を強く抱き締めて衝撃に備えた。
直後、とてつもない浮遊感が数秒続き、音が消える。

数秒後、ボーダーは何かに叩き付けられたように衝撃が走り、シートベルトをしていなかった者たちは全員床に投げ出された。
唯斗はアーサーの腕の中にいたため無事だ。ボーダーは一時的に電力を落としているが、そのために、窓の外がよく見えた。

そこは荒れ狂う嵐の海。白い平原は、荒れた北海のど真ん中に切り替わっていた。


『ようやく辿り着いてくれたね!センスは最悪だがとても合理的な船だ!さあ舵はそのまま、感謝の声は多めで。今霧をどける』


すると、今度は勝手に通信がオープンになり、そんなのんきでひょうきんな声が聞こえてきた。女性らしいもので、恐らく彷徨海からのものだ。

何が何だか分からないまま、霧が晴れて、突如として目の前に巨大な山岳を持った島が出現する。


『この島が12月31日以外に姿を現すなんて、まさに2000年ぶりだ!ようこそ原始の魔術工房・バルトアンデルスへ!私はシオン。シオン・エルトナム・ソカリス。彷徨海のお歴々から白紙化地球プロジェクトの解決を任された、アトラス院の最後の一人だ』


77/359
prev next
back
表紙へ戻る