ノウム・カルデア−1
カルデア崩壊後、実に5ヶ月以上におよぶ長い旅の果てに、2つの異聞帯を攻略し、ようやくシャドウ・ボーダーは彷徨海に到着した。
実際には虚数潜航によって、体感としては2ヶ月程度の時間であるが、それでもボーダーという閉所で過ごすには非常に長い時間だ。
そんな旅で疲弊しきった面々を出迎えたのは、シオンという少女。アトラス院の制服を着た眼鏡姿であり、アトラス院の院長の娘だそうだ。
シオンを含むアトラス院の錬金術師は、各々が「世界の終わり」を知っており、それぞれの予測する世界の終末を回避するために技術・兵器開発に勤しみ、その末に世界を滅ぼせる兵器がいくつか生まれてしまっている。
シオンもその一人で、シオンが予測した世界の終焉こそ、異星の神による地表白紙化だった。
シオンの父はマリスビリーから、カルデア建設のためにトリスメギストスの開発依頼を受けていたため、カルデアの成り立ちに詳しかった。曰く、マリスビリーから特異点探索の方法を相談されたとき、アトラス院はシオンが開発したペーパームーンによる虚数潜航を提案したが、マリスビリーはより成功率の高い霊子変換、つまりレイシフトを逆に提案。アトラス院はそれを受け入れ、霊子演算装置トリスメギストスを開発した。
シオンは父からその後継機の開発を委託され、トリスメギストスIIの開発を続けていたが、その途中で白紙化を予測。逃れられる場所は彷徨海しかないこと、そしてカルデアにこの事象を伝えるとさらに未来が変わってしまう恐れがあったことから、カルデアがなんとか崩壊を脱出して彷徨海に辿り着くことを信じて待つことにした。
こうしてシオンは彷徨海にやってきて、人類の趨勢に関心を持たない彷徨海から許しを得て島の一部を借り受けると、そこにトリスメギストスIIを含む研究施設を建設し、あとはカルデアを待ち続けたのである。
シオンは手足となる者を必要としていたため、カルデアの英霊召喚システム・フェイトをのぞき見して再現し、なんとか1騎の召喚に成功。複数の霊基を掛け合わせた幻霊として、少年か少女か分からない見た目のサーヴァントを召喚した。
「キャプテン」という通り名で決定したサーヴァントはシャドウ・ボーダーの調整と、新たなカルデアベースの建設を開始。
僅か2週間で、彷徨海にはカルデアが再現された。
これを「ノウム・カルデア」と名付けて、ようやくここに、落ち着ける新たな基地を得ることができたのだった。
「うわ、マジでカルデアまんまだ」
「僅か2週間でここまでとは…」
唯斗は宛がわれた自室にアーサーと入り、その再現度の高さに驚いた。観葉植物まで同じだ。
細かいところに差異があるが、逆に言えばそれしかない。
きちんとしたシャワールームにベッドがあるというだけで、ほっと息がつける。長期間の特異点探索で、そうしたものがない生活には慣れているし、実際、シャドウ・ボーダーの生活も唯斗と立香はそこまできつくなかったが、帰る場所がある、という事実そのものが大切だ。
唯斗はとりあえず、ずっとポケットに入れたままだったギルガメッシュからもらった指輪をしまおうと、壁に格納された引き出しを開ける。
すると、中にはすでにペットボトルサイズのプラスチック製のボトルが入っていた。付箋が貼られており、そこには短いメモがある。
『入り用だろう?いつでも補充しに来てくれたまえ by恋もサポートするみんなのダ・ヴィンチちゃん』
「やかましいわ」
思わず口に出ていた。これは完全にローションである。後ろから覗き込んだアーサーは苦笑すると、そのまま唯斗を背後から抱き締め、耳元で囁く。
「来月には女史を訪ねることになりそうだ」
「っ、何言ってんだ」
唯斗は同じところに指輪を入れたくなかったため、下の段にギルガメッシュからもらった指輪を片付けて、同じくずっとつけていたネックレスも礼装の下から引っ張り出してしまった。
このお節介は後日改めてお世話になるとして、唯斗はこれからまだ一仕事があるため、引き出しをすべて格納する。
「じゃあ俺は再召喚してくる。アーサーは…待機してた方がいいな。アキレウスとかやばそう」
そう、サーヴァントの再契約を唯斗も行うことになっているのである。彷徨海でエネルギーを確保できることになったため、一時召喚ができるようになるほか、アーサーもこれまでのギリギリの状態ではなくなり、100%の力を出せるようになっている。
「逃げるようなことはしたくないが…君と改めて契約する大事な場だ、君と彼らの繋がりを結び直す場をいたずらに乱すのは本意ではないからね。僕も待機することには同意するよ」
「…うん、じゃあ行ってくる」
アーサーに見送られ、唯斗は新しい召喚ルームに向かう。アーサーがいると、アキレウスあたりがバーサーカー化するかもしれない。それだけのことが起きたのであり、それくらい彼らが唯斗を思ってくれていることを、理解していた。