ノウム・カルデア−9
「ロシアが間違ってるから滅びていいのなら、ロシアに生きていたヤガたちは、死んでもいい人たちだったのか。北欧の在り方が間違ってるから滅びるのなら、ゲルダは死ぬべきだったのか。そんな訳ないだろ。パツシィもゲルダも、その命を終わらせることに理由なんてあっちゃいけないはずだ」
「…そっか、だからあのとき唯斗は、死んでいい命なんてないって…」
「そう。だから俺は、異聞帯を滅ぼす戦いに、汎人類史を優先させる結果に、理由をつけない。その上で生きていく。罪悪感も、7つの滅びた世界の光景も、そこにいた人たちも、すべて忘れない」
「…唯斗は強いな、俺、そこまで覚悟決められない。背負える気がしないよ。そんなたくさんの人たちを、自分の手で、なんて…心が、保たない」
立香は視線を落とし、拳を握りしめる。消え入りそうな声は、とてもマシュには聞かせられないだろう。だから立香は唯斗を頼った。マシュは立香にとって世界で一番大切な存在だろうが、守るべき後輩であり、頼る相手ではないからだ。
「背負おうと思わなくても、無理矢理背負わされるだろ。それが、生き残ってしまった俺たちの、どうしようもない事実だ。逃げ場もない、回避も出来ない、なのに強引に背中に乗せられるんだ。そうしないと、次は俺たちが70億の人類ごと消されることになるから」
「っ、」
「だから、背負う覚悟、なんていらないんじゃないか。そんなものがなくても戦っていい」
「え…」
覚悟が決まっていなくても、世界は、異聞帯は待ってくれない。容赦なく戦いの時はやってきて、二人を戦場に引き立てて、望んでもいないヒーロー役をやらされて、勝手に無数の命を奪った咎を背負わされる。
「めちゃくちゃ損な役回りだよな。とんでもないもの押しつけて来やがって」
「…、」
「どうせ無理矢理背負えって押しつけられるならさ、それを背負う覚悟決めるためにつらいこと考えなくてもいい。立香はそんなことしなくても、ずっと前から、一番大切な本質を理解してきたんだ。でもすげぇしんどいと思う。そういうときは俺が支える。俺は覚悟決まってるし、何より、アーサーがいるからさ。立香は思うがままに戦って、生きて、つらくなったらこうやって俺のこと頼ってくれればいい」
「でもそれじゃ、唯斗にばっか負担かけない?」
「はは、俺がグランドオーダーの序盤でどれだけお前に負担かけさせたと思ってんだ」
唯斗はあえて笑って言った。立香がまるで自分のことを顧みていなかったためだ。逆ブーメランである。
「…俺は、グランドオーダーの最初、まだ全然人間として成立してなくて、立香にひどい思いさせた。そんなお前にいろんなこと教わって、今こうやって過ごせてる。俺がちゃんとした人間になれたのは立香のおかげだ。なら、次は俺の番だろ。それにさっきも言ったけど、俺はしんどくなったらアーサーを頼るから」
立香は唯斗の言葉を聞いて、しばらくポカンと唯斗を見つめたあと、おもむろにその目から水滴をこぼした。ようやく、感情が形になって溢れてきてくれたようだ。
それだけ必死に押さえつけていた分、自分でうまく外に出すことができなかったのだろう。
「っ、唯斗、唯斗…ッ!」
「うん、大丈夫、俺が隣で共有してる。俺もいるから、大丈夫だ」
立香はぼろぼろと涙をこぼしながら、唯斗に抱きついた。その背中に手を回してさすってやると、唯斗の背中に立香の腕が回り、肩に顔を埋めて立香は嗚咽を漏らす。
体の厚みも筋肉の逞しさも唯斗より一回り違う立香だが、心は唯斗と同年代の若者に過ぎないのだ。
早々に異聞帯との付き合い方、距離の取り方を学んだ唯斗ですら、ロシアと北欧を消滅させてここに至ったことへの罪の意識や、出会った人々のことが頭から離れずにいるのだ、心優しい立香にとってどれだけ過酷なものか。
シャドウ・ボーダーの中でも、声を押し殺して泣く立香のことには気づいていた。部屋の真ん中に引いたカーテンは、立香にとって防御壁でもあり、それを超えて声をかけに行くことは許されなかった。
だからこうして立香から頼ってもらえない限り、唯斗から手を差し伸べることはできない。
ただ、その手は上に引っ張り上げるものではない。隣で一緒に歩くためのものだ。互いに互いを見失わないように、位置を確かめるためのものなのだ。
唯斗は、立香とそういう関係でいたいと思っているし、その上で、こうやってマスター同士、この旅の苦しさを分かち合いたかった。