人智統合真国シン−1
虚数空間から実数空間に浮上する、独特の体が重くなる感覚に耐えてすぐ、シャドウ・ボーダーは陸上走行を開始した。
「彷徨海からの長距離潜航より浮上…ってうわ、ドンピシャだ!」
シャドウ・ボーダーが浮上したのは、旧中華人民共和国雲南省、昆明市北方にあたる地域だ。すぐ目の前には巨大な嵐の壁がそびえ立っている。
遙々北海からここまで、実に正確なアシストの末に、一瞬で中国まで到達した形だ。
この壁の向こうは中国異聞帯である。
ホームズは、極めて正確なシオンのアシストに「頼もしい」と言いつつ、デッキ内を振り返る。
「しかし頼もしすぎるのも考え物だな。これでは突入するしかない。覚悟はできているかな、ミスター藤丸、雨宮」
「はい、なんとか」
「いつでも大丈夫だ」
ちらりと唯斗は隣の立香を見遣る。つい昨日の夜、立香の部屋で一頻り立香が泣き止むまで一緒にいた唯斗だったが、立香の顔色が悪いのは寝不足のせいではないことを知っている。
その後、唯斗が部屋に戻ったあと、立香は眠れなくなって食堂に行き、そこに置かれていたケーキをゴルドルフと半分ずつ分け合って食べたそうだが、実はこのケーキはゴルドルフに預けたリップを縁に彷徨海へと侵入していたコヤンスカヤの用意したものだったのだ。
このケーキには毒が含まれており、解析の結果、毒は仙衰冥薬というものであり、現在の地球では原材料も解毒薬も不明という代物だった。
ゴルドルフは余命10日、立香もマシュとの契約のおかげでなんとかなっているが、それでも具合は悪いらしい。
早急に事態を解決するべく、本来なら他の異聞帯はすべて放置して大西洋異聞帯、恐らくキリシュタリアがいるであろう最大の脅威に攻め込む準備を1ヶ月かけて行う予定だったが、急遽中国へ向かっている。
唯斗はしこたま立香を叱ったが、遅かれ早かれ異聞帯はすべて放逐するべきものだ。順番が前後しただけとも言える。
『休む間もなく連続潜航行くよ!彷徨海から押し出された慣性をそのまま利用する!北欧と同じく縁なしでの浮上を……おや、おやおやおや?朗報だよゴルドルフ君!中国異聞帯にはコヤンスカヤの反応がある!』
「な、なにぃ!?本当かねレオナルド技術顧問!」
『本当だとも!これで浮上確率は上がるし解毒薬についても尋問できる!ムニエル君、アンカーをコヤンスカヤに切り替えてくれ!』
ダ・ヴィンチは直前の観測でコヤンスカヤがいることを確認したようで、浮上ポイントはコヤンスカヤのいる場所ということになった。
唯斗はあまりいい予感がしない。
「…ホームズ、これは…罠か何かか…?」
「罠かどうかまでは分からないが、恣意的なものを感じるのは確かだ。ただ、なんであれ我々のやることは決まっている。解毒薬の調査ではなく、コヤンスカヤの捕縛と尋問による解毒薬調合方法の獲得、およびクリプターの打倒と空想樹の切除が目標だ」
「その通りだ!TVコヤンスカヤめ、次合ったときには尋問して洗いざらい吐かせてやろうじゃないか!」
わざわざ中国異聞帯由来の毒薬を使ったコヤンスカヤが、中国異聞帯に滞在している、というのは、まるで誘い込まれているようだ。
だがホームズの言うことも尤もで、やるべきことに変わりはない。
『こらこら、捕縛が最優先だからね?』
「了承。要手加減。されど温情は考慮せず。捕縛、即拷問が望ましい」
息巻くゴルドルフを諫めたダ・ヴィンチに応じたのは、新たに常時召喚サーヴァントとして同行している哪吒だった。セイレムに際して召喚された比較的新入りのサーヴァントだが、今回は中国での案内役をしてもらうことになっている。
ボーダーは再び虚数潜航を行う。次に浮上した先は、第三の異聞帯だ。