人智統合真国シン−9


『聞こえているか、カルデアとその兵たちよ』

「え…!?」

『驚いておるな。帝の声は地の万民に届くもの。日の光に等しく、どこにいようとも注ぐのだ。いやなに、そこな娘の盾に磁気ビームを収束照射して振動させておるだけだ。別に固けりゃなんでもいいのだが。頭蓋骨を直接震わせられるのも不快であろう?』


どうやら、マシュの盾を共振させることで声をこちらに届けているらしい。とんでもない技術力だが、まさか、この声の主は、そういうことなのか。


『当方にはそちらの求めてやまぬコヤスなにがしとかいう者の身柄を引き渡す用意がある。ただし対価として、そちらの騎乗する機械装置について詳細な調査と解析を許諾するならな。この条件で同意するならば、そなたらを国賓として待遇することを保証する。朕の庇護下において安全を脅かされることはない』


始皇帝とおぼしき人物の声は、シャドウ・ボーダーの解析を引き換えにコヤンスカヤを引き渡すという提案をしてきた。願ってもない提案だが、異聞帯の王である人物の思惑が分からず、ただこちらは困惑するばかりだ。
ヒナコも驚愕している。


「陛下!?なぜそのような…!?」

『芥ヒナコ。そなたがあの車両を無傷で鹵獲するぐらいの配慮を見せたなら、朕とて無碍に扱うことはしなかった。朕がそれを必要としていることを理解していながら破壊しようとしていたな?』

「ぐっ…」

『まぁ、それはそれとして、そなたには別の有用性がある故、あの女狐とは別格の扱いとしてやろう。さてカルデア、返答は用意できたか?』


ダ・ヴィンチは立香に視線をやる。恐らく始皇帝は立香か唯斗に返答を求めているため、変にホームズやゴルドルフが出しゃばると何をされるか分からない。
立香は頷いて、天に向けて声を張る。


「休戦はこちらも願ってもないです!」

『うむ、分を弁えた返答苦しゅうない。さて、具体的な段取りの前に、そなたらは朕が何者なのか心得ておるのか?』

「始皇帝、ですよね」

『いかにも。理解しておるなら良い。他に質問は?』


意外と普通に話してくれるものなのだな、と驚いていると、立香も立香で遠慮なく質問する。


「どこから話しかけてるんですか?」

「お前、」

『ふむ、よいよい。どこからも何も、真上だ』


全員、その答えを聞いて頭上を見上げる。よく見ると、徐々に朝焼けに変わっていく空の中に、巨大な構造物が浮かんでいるのが見えた。恐らく衛星軌道あたりの浮遊物体だ。
この距離で視認できる巨大さに愕然とする。あんなものが宇宙に漂っているのというのか。


『あれは長城だ』

「万里の長城のことでしょうか…?」


マシュも呆然として見上げて言うが、それを聞いた始皇帝は笑った。


『万里の長城?あぁ、匈奴を退けてた、あれ?はっはっは、いつの時代の話をしておるか。あれがあったのは、まだ地上に秦の外夷がおった昔のこと』


それを聞いて、すかさずホームズは片方の眉を上げて尋ねる。


「つまり、今は敵がいないと?」

『然り。すでにこの惑星全域が秦である。よって次なる夷狄は空の彼方にしかあり得ぬ。その防御として、我が秦の誇る建築技術をもってして300年を費やした偉業である。よって今や万里どころではない。正しくは13万1424里の長城とでも呼ぶべきだが、長い故、単に長城と呼んでいる』


古代中国における里とは約400メートルだ。
つまり、5257万キロメートルということになる。地球1周が4万キロであるため、1314周する長さということだ。


「…フランス革命の100年前からすでに衛星軌道に構造物を浮かべる技術開発に乗り出したって…いやスケールが違いすぎる…」


何においてもスケールの違う中国史だ、一つの内戦の死者が世界人口の減少をもたらしたこともあったほどの歴史ともなれば、その異聞帯もスケールが別格であるらしい。


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