人智統合真国シン−10


そうして、一時休戦となったことで、カルデアは取り急ぎ、ボーダーの解析を許可してそれが終わるのを待つことになった。
秦良玉配下の人間の兵士たちがボーダーを解析し、ヒナコたちは武当山の陣に戻っている。

そして、始皇帝の話と秦良玉の話で、さらにこの異聞帯が理解できた。

まず始皇帝は、本来なら自らを死に追いやるはずだった錬金術による真人への到達をやめ、殷の遺跡から発掘された神代のテクノロジーを使うことにした。それによって機械の体を得た始皇帝は、扶桑樹という神仙の樹によって、仙術による化学を大成させ、どんな病にも負けない麦や万能の薬の配給、つまり下賜を成立させた。
火薬も先んじて実用化したことで、圧倒的な国力と軍事力、そして神仙の力を得て永遠の命と朽ちない機械の体を持った始皇帝は、13世紀までにすべての国家を滅ぼし、地球を統一した。

秦の都である咸陽は世界の中心となり、その空中に始皇帝の体は座する。あの巨大な構造物は始皇帝の体そのものだったのだ。

大量生産された麦はエタノールとして咸陽にも運ばれ電力となり、それでもあまりある麦は人々の暮らしを豊かにする。
売買の必要がないため貨幣経済はなく、人々は文字を読むこともない。

この世界の人間は、病を防ぐ下賜の薬によって生きているが、一方で、この薬は一定のホルモン値を下回ると毒として機能して、人間を安らかに死に至らしめる。
老人が一人もいないのは、下賜によって老いを感じる前に亡くなるからだ。

北欧はスカディの魔術によって1万人が間引かれながら生きていた。あれは鳥かごのようなものだった。
しかしこの世界の人間は、ただ生きる上での苦しみの一切を排除してもらう代わりに、自由や楽しみもなく、一方で欲望もない、穏やかな家畜生活を送っているのである。スカディは人間に人間であることを許して、その刹那の生を慈しんだが、始皇帝は全人類を徹底的に管理している。
それによって、戦争のない平和な世界が実現しているのだ。



そして一挙に異聞帯に対する理解が深まったその日の夜、ボーダーの解析も休憩に入っているときだった。
秦良玉から提供された幕の内にいた唯斗とアーサーの耳に戦闘音が聞こえてきた。

急いで駆けつけると、蘭陵王とヒナコ、項羽が去って行くところだった。秦良玉に促され、立香とマシュはこちらに戻ってくる。


「どうした立香、戦ったのか?」

「うん、蘭陵王が俺のこと暗殺しようとしてきて。マシュと秦良玉が守ってくれた」

「なるほどな…でも、始皇帝が黙ってなかっただろ」

「うん、それで…」


複雑そうな表情を浮かべる立香に、マシュも困惑しながら言葉を続けた。


「始皇帝は、項羽に自壊を命じました。それを受けて、芥さんはひどく動揺されていて…今まで見たことがないほど、泣きそうになりながらへりくだって頭を垂れていました」

「…なんであいつが項羽にそこまで」


ヒナコのサーヴァントは蘭陵王だ。なのに、いったいなぜそこまで項羽に反応するのか。そういえば、項羽には様をつけて敬っているような様子でもあった。


「分からない。けど、始皇帝がそんな芥ヒナコの様子に許して、帰って行ったところ」

「そうか…項羽にそこまでの感情を見せるなんて、まるで虞美人が憑依してるかのようだけど、この異聞帯は秦以降の王朝が存在しない。項羽も活躍しなかったはずだし、当然妻の虞美人もいなかった。疑似サーヴァントとかでもなく、ヒナコ個人として項羽にそこまで強い思いを抱く何かがあった、ってことなのか…」

「始皇帝は項羽のこと、会稽零式って呼んでたよ」

「会稽は項羽と伯父の項梁が潜伏してた場所だな。現在の浙江省紹興市にあたる。項羽たちが陳勝呉広の乱に乗じて楚の再建を始めた場所でもある」


仙術によって生産された機械である項羽は、秦良玉と同じく、驪山で凍結されていた人物だという。
かつて秦が行った地球統一戦争の折、活躍した武将たちは驪山で凍結保存され、戦が起こると解凍されてオートマタを率いて戦ったそうだ。秦良玉、項羽はともに最近解凍されたらしい。

とりあえずテントの中に戻り、その日は活動を終えて休むことになる。

明日からは、始皇帝すら存在を知らない空想樹の調査、ヒナコが始皇帝とは別の目的を持って動いていることの調査、そしてコヤンスカヤから解毒薬をもらうための方法の調査など、山積みになったままの課題を解決するためにまた動き出すことになっている。


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