人智統合真国シン−12


かつてカンボジアを支配した共産主義政党クメール・ルージュは、その首魁ポル・ポトの命令において、国民の3分の1を虐殺した悪行で知られる。
フランスの植民地支配は、太平洋戦争による日本の侵攻でいったん途絶えたものの、日本の敗戦後再び植民地主義に戻ろうとしていた。それをよしとしなかったベトナムでは、フランスからの独立戦争が勃発し、さらにそれはベトナムに共産主義国家と民主主義国家、どちらを建国するかで第2ラウンドに突入した。これをベトナム戦争といい、米国は民主主義の南ベトナムを、中国とソ連は共産主義の北ベトナムを支援した。
やがて1975年、米国は事実上の敗北を認めて南ベトナムを撤退、当時の首都サイゴンはパニックに陥り、数日後、北ベトナムによって南ベトナムは併合された。
以降、現代まで続くベトナム社会主義共和国が成立する。
ベトナムは共産主義国家となったものの、今度はカンボジアでも同じ1975年にクメール・ルージュの共産主義政権による民主カンプチアが成立すると、これと対立する。

カンボジアは歴史的にベトナムに何度も支配されてきたという民族的な対立意識があったため、同じ共産主義といえどポル・ポトはベトナムを敵視した。そのため、カンボジア国内でのベトナム系市民の虐殺や、ベトナムへの越境攻撃を繰り返したのである。それはベトナムにカンボジア侵攻を決意させる。

同じ頃、国内では原始共産主義を推し進めるため、首都プノンペンなどの都市住民を農村部に強制移住させた。
農地ではおかゆ2杯で5時から22時まで働かされ、多くの人々が命を落とした。
その農地も、ベトナム戦争の巻き添えで米国の空爆を受けていたことからインフラが破壊されていただけに飽き足らず、ポル・ポトは反機械主義でもあったため、手作業での農業・土木工業しか許さなかった。

そんな国家経営がうまくいくはずもなく、カンボジアは世界最大の米の輸出国の一つだったにも関わらず、世界最大の米の輸入国になろうとしていた。

その原因が内部にあると考えたポル・ポトは粛正を開始、さらに国民に対しても、知識を持つ者はすべて資本主義のスパイであるとして処刑を行った。それは時計を読める、眼鏡をしているなどの特徴だけでも該当するほどのものであり、結果、カンボジアの人口は3分の1が命を落としたのである。
全土に築かれたキリング・フィールドという処刑場の中でも、首都プノンペン郊外のチュンエクでは2万人が処刑されたとも言われ、いまだに土から人骨が出てくるほか、死体が大量に埋められたためにガスが地中に溜まり不自然に陥没していたり、殺された人々の衣服などが土に混ざっていたりと、その凄惨さを今に伝える。

そんなカンボジアから逃れた難民たちを組織化したベトナムは、ソ連や米国から接収した兵器と練度の高い兵士たちによってカンボジアへと侵攻、クメール・ルージュを掃討する。中国はクメール・ルージュを支援していたためこれに反発し、南シナ海と東シナ海において、ベトナムの離島であった西沙諸島と南沙諸島を占領、今に至る領土問題を招いた。

カンボジアはこの戦争による大量の地雷が復興の妨げになっただけでなく、知識階級が処刑され医師も教師もいなくなり、教育も医療も成り立たず、識字率が上がらずいまだに世界最貧国の一つとなっている。

秦は、カンボジアのような凄惨な処刑ではないにしても、知識を得た者はその村ごと焼き払っているようだ。最悪なことに、それは全世界で同じことが行われている。


「あぁくそ、つまり全世界が民主カンプチア状態ってことかよ、胸くそ悪い世界だな」

「貴様、秦を愚弄するか!」


秦良玉は槍を唯斗に向けて突きだそうとしたが、寸前でアーサーが剣によって弾いた。金属音がデッキに響き、ゴルドルフが悲鳴を上げて縮こまる。
アーサーは威圧感を隠さずに、逆に秦良玉に剣を向けた。


「始皇帝が処遇を下すべきところを、君は不遜にも自ら手を下そうというのかい?」

「っ…」

「この世界が剪定されるか、汎人類史が敗北するか、それは我々と始皇帝とで決めること。ただの武将風情が出しゃばるな」

「…フン、どのみちお前たちは天に処される定め。我が槍を汚すまでもありません」


秦良玉は槍を下ろし、兵士たちに急ぐよう指示を出す。中国正史において唯一の女性武将である、義に厚い秦良玉がこのような世界を肯定している姿は、これ以上見ていたくなかった。


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