人智統合真国シン−13
その後、ボーダーは漢水に沿って北西へと牽引され、途中の旧陝西省安康市にあたる場所にある収容所でスタッフたちは下ろされた。
ボーダーは咸陽へと引き続き牽引されてしまったが、唯斗たちは収容所に引き立てられる。
武器になりそうなものは没収されたものの、通信端末などは没収されず、全員一人ずつ独房に押し込められた。
独房はいくつか種類があるようで、長期間の収容、あるいは禁固刑になっているような場合には、水中に浮かべられた球体の独房に入れられるようだ。
カルデア一行はあくまでボーダーの解析が済むまでの収容であるため、近いうちに処刑されることから、通常の牢屋に入れられている。
ありきたりな鉄格子の独房が並んだ通路の一画に一人ずつ収容され、唯斗も隣の独房にアーサーがいること以外、他のスタッフがどこにいるか確認できない。
「…あら?」
そこに、そんな女性の声が聞こえてきた。このねっとりとした悪そうな声は、聞き間違えようもない。
「…その声、コヤンスカヤか?」
「そういうそちらは、カルデアのもう一人のマスターではないですか」
なんと、コヤンスカヤも同じ収容所にいたらしい。唯斗の向かいの独房にいるようだ。
まさか同じ場所に入れるとは。いざとなれば安康ごと吹き飛ばす算段なのだろう。
「マスター?コヤンスカヤがいるのかい?」
隣からは唯斗の声を聞いたアーサーが心配そうに聞いてきた。
「あぁ、俺の向かいの牢屋にいる。俺たちの独房よりもずっと強い…多分仙術系だな、結界で封じられてるから悪さはできなさそうだ」
「心外です、再会して早々に悪女のように」
「実際そうだろうが、立香を暗殺しようとしただろ。ていうか、なんであんた、こんな回りくどいことしたんだ」
「はて?」
すっとぼけるコヤンスカヤに腹立たしく思うが、唯斗はこの際、いろいろと聞いてみることにする。
「あの毒薬は、古代中国に存在し現存していないものが成分の由来だ。そしてこの中国異聞帯を成立させた要因は、古代の殷が重宝した神仙の聖なる樹木、扶桑樹によるもの。だとすると、単純に考えれば、異聞帯の扶桑樹を使って生成した毒物であると考えられる」
「それで?」
「そこまではまぁいい。問題は、わざわざお前自身も中国異聞帯に来たことだ。お前が失敗するリスク、あるいは失敗したあとのことを考慮しない訳がない、なのに解毒のヒントになり得る中国異聞帯由来の毒を使っただけでなく、ここまで来た」
「私は確実に殺すつもりでしたわ?まさか閣下があんな食い意地を見せるなんて思わず…つい苛立ちのあまりこの手で殺したくなってしまいましたもの」
どうやらコヤンスカヤは本気で殺そうとし、本気で失敗したようだ。
ならば、異聞帯に来た理由は絞られる。
「考えられる理由は、芥ヒナコに警告しに来た、あるいは、わざとカルデアとクリプターを対決させようとした。でも今の言葉が本当なら、理由は前者だ。芥ヒナコは偽装された経歴でカルデアに所属していた謎の多い人物で、しかもなぜか、機械であるはずの項羽に強い執着を見せていた」
「いったい何が言いたいのかしら?」
「お前は芥ヒナコに個人的な思い入れがある。芥ヒナコも、クリプターとしての務めより優先する何らかの目的を持っている。それらはいったいなんだ?」
一瞬の沈黙があってから、コヤンスカヤは呆れたようにため息交じりに言った。
「女の子の秘密に土足で踏み込もうなんて、騎士王の恋人ともあろう者が無粋ですのね」
「な…っ、」
まさかコヤンスカヤにまでバレているとは思わず、唯斗は二の句が継げなくなる。そんな唯斗の様子に気をよくしたのか、嘲笑が目に見えるような楽しげな声でコヤンスカヤは言葉を続けた。
「まぁでも、そこまで推理できたことは褒めてあげるわ、予備員のマスターさん?あなたは召喚術の名家の子、専門ではないでしょうけど…芥ヒナコは、汎人類史において、項羽とともに生きた女。そしてそれから現代まで生き続けている」
「は…?2000年以上に渡って生きてるって…?」
「正確にはもっと長い間です。この星の内なる海よりやってきたのですから」
「…、あぁ、そういうことか。マリスビリーの考えたことも分かった。それで?お前はなんで芥ヒナコに肩入れしたんだ。本気で立香を殺す毒を作るなら、現代で解析することもできないような太古の神代に由来するものである方がいい、つまり、恐らくこの異聞帯より古いであろう大西洋とかであつらえた方が良かったはずだ。それをしなかったのは、できなかったからだ。つまり、お前は中国式の権能を持っている。同郷のよしみか?」
「あら、そこからは有料ですわ♡お駄賃はそのよく回る頭を含めた綺麗な顔立ちを剥製にして暖炉の上に飾る、くらいで妥協してあげますわよ?」
すると、隣の独房からガン!と大きな音が聞こえた。アーサーが鉄格子を殴ったらしい。恐らく鉄格子は変形していることだろう。
コヤンスカヤはさらに嘲笑する。
「あら怖い怖い。楽しいトークはここまでにいた方がよさそうね?」
これ以上の敵との会話はアーサーの心労を悪化させる。唯斗はここまでにしておこうと、そこで会話を打ち切った。
しかし、ここまで分かれば及第点だろう。
芥ヒナコ、その真名は虞美人。
英霊ではなく、地球の誕生とテクスチャの発生に伴い星の内海から発生した精霊の一種、吸血種であり、その中でも原初の精霊に近い真祖だ。
不老不死である真祖をマリスビリーがAチームに引き入れたのは、恐らくリスクの高いレイシフトに耐えられる人材を確保するためだったのだろう。
真祖をはじめ吸血種は聖堂教会から迫害される身、多くは聖堂教会や魔術協会によって殺されているため、たいていは人類への敵意を持つ生き物とされている。唯斗は詳しくないが、そんな背景を持つであろう人物をよくスカウトできたものだ。
マリスビリーはそうして芥雛子、ヒナゲシの漢字名を入れ替えた名前を与えた。ヒナゲシは虞美人草とも呼ばれるが、これは虞美人が垓下で自殺した際に、その墓で翌年にこの花が咲いたことに由来するとされる。
虞美人の自殺は後世に付け足された設定であるため、恐らく実際には真祖である以上、死んではいないのだろう。
そう考えると、これは蘭陵王よりもヒナコ、もとい虞美人の方がよっぽど脅威となるかもしれない。