それは地獄のような−5
インターンが始まって1週間、最初の週末は、もともと燈矢との訓練を予定していた。
燈矢とは焦凍と初めて会った日から1週間ぶりという普段より短い再会だ。
いつも通り山の中で落ち合い、練習をしている沢に向かう。その道すがら、燈矢が尋ねてきた。
「なぁ、この前お父さんに何言われたんだよ」
「何言われたっていうか…俺が言った方っていうか…」
「え、応利君が?」
恐らくずっと気になっていたのだろう。庭で遊んでいたときに「話があるから」と言って離れ、焦凍に虐待めいた訓練をしているのを見て慌てて止めさせ、話をしたため、なんだかんだあまり燈矢と一緒にいなかった。
いったい何の話をしたのかと気になっていたところ、満を持して聞いたみたら意外な答えだったようだ。
「俺は燈矢君のことを肯定するって言ってやった」
「マジか…お父さんなんて言ってた?」
「まぁ、勝手にしろ、みたいなことかな」
あまり詳細に語るわけにもいかない。だいたい同じようなことを伝えれば、燈矢はやはり驚いたようにしている。
「縁を切れ、とか言わなかったんだ」
「そう言いたかったらしいけど、俺との関係が続いてた方が都合が良いって考えたみたいだな。ま、隠れてこんなことしてるなんて思ってもみないことだろうけど」
「…そっか!」
応利の話を聞いて、燈矢は少し嬉しそうだった。燈矢を否定しないと述べた応利を拒絶しなかったことで、炎司の態度が変わることを期待したのかもしれない。
実際には炎司は態度を変えてはいないし、そのつもりもないだろう。
ちょうどそこでいつもの場所に着いたため、応利は話題を切り上げて訓練を開始させる。燈矢も切り替えて、ルーティンを始める。
右手から左手まで、指1本ずつ同じ大きさの炎を出していき、最後にすべての指から同時に炎を灯すというものだ。これ自体が何かの意味があるということではなく、ルーティンをすることで心を落ち着かせるためである。
感情に引っ張られやすい燈矢が落ち着いて訓練を始められるようにするため、適当に応利が組んだものだったが、集中する必要があるため、きちんと目的は果たせているようだ。
そうして訓練を開始し、都度アドバイスをしているときだった。
「…応利君」
「ん?」
「……お父さん、やっぱり俺の個性訓練見に来てくれないのかな」
ぽつりと呟いた言葉に、応利の動きが止まる。普段、親に何を言われてもヒーローになるという意思の強さだけを見せている燈矢が、初めて本心を口にしたからだ。
そうだろう、ということは理解していた。ヒーローになりたいという夢の根底にあるのは父親からの承認だ。期待に応えたいという思いの形がヒーローになるというだけの話だった。
恐らく、燈矢のこれは一種の愛着障害に似たものだろう。正確には、愛着スタイルの変化、と呼ばれる精神的な問題だ。
愛着障害は厳密には乳幼児期、5歳までの間に養育者との間で適切な愛着が形成されなかったことで生じるものである。それ以降の年齢において、養育者との間で愛着が育まれない、あるいは後退するようなことがあった場合に、愛着スタイルの変化が発生することがある。そのため、小学生になってからの親との関係の変化が原因の場合、臨床診断では愛着障害ではなく、症状に応じた個別の名前がつく。
燈矢の場合、冷の話では、学校で友達を作らず、遊びに行くこともないとのことだった。どうやら、学校の人間関係を極めて軽視しているらしい。
これは典型的な「回避型」と呼ばれる愛着スタイルであり、人間関係を軽視して人付き合いに対して極端に消極的になるという特徴がある。また、養育者を安全基地として考えないということも回避型の傾向の一つだ。親への信頼がないことがこの点に当てはまる。
医者ではない応利が医者のように診断をするのは違法なことだ。だが、可能性が分かればいくらか対処のしようもある。
「…火をつけたのはお父さんなのに。体と個性が合ってないからって、今更諦めろって言われても、納得できない、俺は大丈夫なのに、なんで俺を見ないんだよ…!」
じわりと腕から火が漏れる。感情が高ぶっているため、応利はぽん、と頭を撫でた。途端に漏れ出していた火の粉が消え、燈矢は濁った眼でこちらを見上げる。
「俺の個性も君の個性も、人を殺そうと思えば簡単にたくさん殺せてしまうようなものだ。それでもヒーローになれば、たくさんの人を助けることができる。ヒーローになれるかどうかは個性じゃなくて心で決まるんだ。だから君も、誰かを助けたい気持ちがあるならヒーローになれる」
燈矢は俯く。応利はそっと燈矢の薄い肩を抱き寄せた。
「その力で何をして、どんなヒーローになりたいのかは、お父さんのことに関係なく、自分で考えて自分で決めるんだ。最初に言っただろ?どんなヒーローになって何をしたいのか、ちゃんと考えるようにって」
「…うん……」
燈矢の父親に見てもらいたいという願いは、恐らく叶わない。炎司はそれそのものを自分の罪とでも思っていそうだった。だが、それは逃げでもある。燈矢から逃げるための方便を自分に用意しているとも言えた。
燈矢は、父親の呪縛を離れて、己の意志としてヒーローになるのかどうかを決めなければならないのだ。