それは地獄のような−6
インターンを始めて4か月、年が明けて年末年始休暇も終わり、再びエンデヴァー事務所に出勤するようになった。
年末に発生した静岡市内での人質事件を応利が単独で解決したことで、ここのところ応利は道端で声をかけられる頻度がさらに高くなっていた。もともと体育祭での活躍もあって注目されていたが、人質事件で死傷者を一切出さずに解決した応利の実績をメディアが大々的に報道したため、顔が知られるようになったのだろう。
駅から事務所のあるビルまでの道すがらだけで何人もの人に握手を求められ、なぜか女性にキャーキャー騒がれ、人込みができて交通を妨げないよう適宜その場を離れるようにしていれば、事務所にたどり着いたときには疲労困憊になっていた。
ちょうど地下駐車場からエレベーターで上がってきた炎司と扉の前で出くわし、疲れ果てた応利に呆れたようにする。
「フン、この程度の注目でやつれるとは情けない」
「…エンデヴァーさんの注目よりも好意的ですけどね」
「何か言ったか」
「いーえ」
最近、応利の炎司に対する扱いはだんだん雑になっていた。意外とこの男はそういうことを気にしない。この男自身が不遜な態度を取る人間だからだろう。実力が伴ってさえいれば、あまり咎めるつもりはないようだ。
実際、インターンとしての応利の活動は炎司にも評価されている。
「ていうか、疲れてんのはメディア対応だけじゃないんで。久々に下宿先に戻って、掃除とか買い出しとか、家事に追われて大変なんですよ」
一応、応利としてもちょっとメディアや応援してくれる市民の対応をしただけ疲れているとみなされるのは沽券に関わるため、疲労の原因が別にあることは指摘しておく。
年末年始は実家に帰省していたが、こちらに戻ってきてからは家事に追われているのだ。これまで、学校と下宿先の往復だけだったものが、1月からはインターンの頻度が上がり、学校と事務所と下宿先とを行き来する日々だ。家にいる時間がどんどん削れていた。
すると、扉を開けようとしていた炎司は一瞬思案し、こちらを振り返った。
「それならば、俺の家で住み込みにするか?部屋は空いている」
「え…いや、さすがにプロヒーローにそこまでしてもらうわけには…」
「では昨晩の夕食を言ってみろ」
「…常備菜のきんぴらごぼうと、ご飯と、みそ汁です」
「肉はどうした。おかずがないだろう」
「……きんぴら」
「ええい、だからそんな細くて非力なのだお前は!」
髭から火を散らしながら叱られる。今は完全にヒーローとしての指導のそれだ。そう、応利の課題は体力と筋力だった。これは学校からも食べる量が少ないと指摘されており、トレーニングの成果が出にくい状態だと注意されていた。
実際、個性を伴う戦闘でこそ応利は負け知らずだが、個性なしで近接戦闘をすればクラスの大半に負けるし、女子にすら勝てないこともある。
「凝山からなら雄英にも通えるし、事務所も近い。タイミングが合えば俺の車に乗せてやる」
「そんな…でも、さすがに食費とか」
「お前1人追加するくらいどうということはない。もとより、燈矢のこともある」
なるほど、と応利は炎司の意図を理解した。応利のことをなんだかんだ気にかけてくれているため、心配してのことなのはもちろんだが、それだけではない。燈矢を筆頭に、放っておかれている子供たちの世話や、轟家で起きていることの口止め料も込み、ということだろう。
「…、焦凍君のこと、見かけたら連れ出しますよ」
「勝手にしろ」
すべて了承を得たところで、「それでは、よろしくお願いいたします」と頭を下げた。正直、助かるのは事実だ。インターンは多くの場合、そのまま卒業後にSKとして就職する先となることも多いし、応利もそうしようと考えている。あらゆる意味で願ったりかなったりではあった。