それは地獄のような−4


焦凍の手当を終えたころには、焦凍は疲弊から眠ってしまっていた。応利はそのまま焦凍を抱きかかえて運び、なんとか冷を探し出して普段二人が寝ている部屋に連れて行った。
そしてその部屋で寝かせてから、話がある、と言って応利は冷とともに再び道場に戻った。炎司は片づけをしており、入ってきた二人をただ見やる。


「エンデヴァーさん、冷さんも、少しお話よろしいですか」

「…座れ」


応利は促されるまま正座すると、正面に炎司と冷が並んで同じく正座する。道場の固い木目の床で正座するのは少し痛かったが、今は礼儀を尽くす場面だった。


「まずは勝手に焦凍君を連れだしたこと、失礼な物言いをしたことを謝罪します。自分が間違ったことをしたとは思っていませんが、ご家庭の事情に踏み込んだ無礼はお詫びします」


まずそう述べて頭を下げれば、炎司は「それで?」と続きを催促する。ただ謝りに来たわけではないことを理解し、謝罪そのものは気にしていない様子だ。


「焦凍君のことについては、もし同じような場面を見かける機会があったなら同じように止めに入ります。しかしそれ以上は何か言うつもりはありません。本題は、燈矢君のことについてです」


応利の言葉に冷は息を飲む。察していただろうが、やはり応利が燈矢のことに関わっていると知り、正式に応利を巻き込んでいることを認識した。


「どのような経緯でこうなっているのか、あらかた事情はお聞きしました。それ自体については、ご家庭のことなので何も言いません。でも一つだけ聞かせてください。お二人は、燈矢君にヒーローの夢を諦めさせたいのか、ただあの子を守りたいだけなのか、どちらですか」


お二人は、と言ってはいるが聞いているのは炎司に対してだ。炎司の瞳は燈矢と同じ青い色をしているが、その瞳はやはり冷徹にこちらを見つめ返している。だが、見下したり怒りを感じたりしている様子でもなかった。


「夢を諦めさせるのは、あの子を守る手段の一つでしかないんじゃないですか。手段であって、それ自体は目的ではないんじゃないですか」


そう、二人の願いは燈矢が健康で無事に生きていくこと。たとえオールマイトを超えるという炎司の私欲のためであっても、子への情がゼロではないことは理解していた。


「同じことだ。どのみち、ヒーローを志したところで挫折する。早い方がいい。精神的にも、身体的にもな」


挫折の苦しみを知る者として、炎司の言葉には重みがある。それこそが、オールマイトを超えたいという執着にも似た感情の原点なのだろう。


「…そうですか。でも、雄英高校を目指すこと自体は、ほかの道にもつながります。ヒーロー科から普通科への転籍もできるし、普通科から優秀な大学に進学するのは容易です。もう少し待ってあげてもいいんじゃないですか」

「そのような逃げ道を想定して目指すものではないだろう」


炎司の言葉は、それはそれで真実だ。絶対にヒーローになる、という強い決意がない限りたどり着ける場所ではない。だが、それこそ今更だ。


「あの子は、そういう弱い覚悟でやっていない。それはエンデヴァーさんがよくご存じなんじゃないですか」

「……あいつは、俺によく似た頑固者で愚か者だ」


まるで自嘲するように小さく言った炎司に、それがこの男の本心、一番根底にある燈矢への思いの正体なのだろうと察した。自分に似ているからこそ、救いたいのだ。ヒーローになるという地獄から。
それでも応利の決意は変わらない。


「…本当は、両親が揃って子供のことを否定してはいけないと思います。子供に逃げ場所がなくなってしまうので。でも、それはもう遅い。子供に寄り添ってああしろこうしろと言うのは親の特権ですが、両親がともに逃げ場所にならないことを理解しているあの子は、もうお二人の言葉を受け止められない。言葉だけじゃない、気遣いも、心配りも、愛情すらも」


応利がそう言えば、冷は俯く。高校生に過ぎない応利に言われるまでもなく、二人、特に冷にとっては己の過ちだと思っていることだろう。
それもすべて、もう遅い。だから、これからのことを考えなければならない。


「せめて俺は、あの子を肯定します。俺はあの子に、諦める必要はないと言いました。その代わり、何のために、どんなヒーローになりたいのか、オールマイトを超えた先で何をするのか考えるように言いました。お父さんのため、というのを疑問に思ったとき、自然と諦めるかもしれない。どちらにも転ぶ種は蒔きました。俺ができるのはここまでです」


燈矢がどのような結論を出すのかは分からない。なんであれ、応利がやるべきこと、できることはここまでだと言えば、炎司は立ち上がる。


「…そうか。分かった。お前との関係はここまでだと言おうと思ったが、子供らはお前に懐いている。燈矢には、なるべく早くヒーローになることを諦めさせることには変わらない。だが、お前の存在は燈矢にとって重要だ。説得を続けろとは言わんが、肯定すると言うのなら、自分の言葉には責任を持て」


そしてそう言い残して道場を去っていった。恐らく、そのまま燈矢たちとの関わりを持っていろ、ということだろう。もちろん、実はこっそり個性の訓練をしていることは知らないため、言われるまでもなくそうだったわけだが。
炎司が立ち去ると、冷は正座のまま深々と頭を下げる。


「ありがとう、応利君。燈矢のこと、焦凍のことも」

「いえ、そんな…しょせん、俺にできることは限られてますから」

「燈矢の様子を見ていれば分かるわ、あの子はあなたを信頼している。もう、私たちでは得られないものです。ごめんなさい、こんなことに巻き込んでしまって…」

「巻き込まれると決めたのは俺です。これでもヒーロー志望ですしね」


応利はそう言って立ち上がる。話はここまで、という意味であり、冷もそれを理解して同じく立ち上がる。


「…ぜひ、今日もお夕飯ご一緒してちょうだい」

「はい、ありがとうございます」


一緒にといっても、炎司と焦凍は同じ食卓につくがほかの子供たちは別の部屋で食べる。冷は都度都度、どちらに加わるかは順番で変えているらしい。
基本的に応利は燈矢たちと一緒だ。食卓一つとっても、この家は歪だった。


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