夢が叶った先に−2
冬の底となった2月、連日のように静岡西部特有の強い寒風が吹きすさぶ中、付き合って最初のバレンタインを迎えた。
正確には、付き合い始めた直後に一度バレンタインはあったが、当時はまだ燈矢も高校卒業前だったため、そのときはとりあえずいつも通りということになっていた。
きちんとやるのは今回が初めてとなる。
それも、応利から渡すのは初めてだ。実は毎年、燈矢から応利にバレンタイン、応利から燈矢にホワイトデーというのが定番になっていたためだ。これは、燈矢が告白ではないものの感情を伝えてきたときに、応利に意識してもらう一環としてバレンタインに渡してきたことがきっかけである。
今回は関係性がついに変わったということもあり、応利から燈矢に、今年はバレンタインを応利から渡すと伝えてあった。
そうしてトライしてみたはいいのだが、すでに轟家の台所を預かるまでになった応利の料理の腕は確かなものとなっており、自身がスイーツ好きというのもあり、研究するうちにいつしか凝ったものを作ってしまった。
「…いやこれ、ちょっと張り切り過ぎたか……?」
台所のテーブルに完成したものを置いて眺めると、だんだん気恥ずかしくなってくる。
今回作ったものはムースショコラであり、表面をグラサージュしている。
ココアスポンジとビターチョコのムースを円形の型に成形し、表面を鏡面のように美しくチョコでコーティングするものだ。
甘さ控えめであるのはもちろん、チョコの濃厚さや口当たりの良さ、見た目の美しさなど様々な拘りポイントを実現するべく、室温や器具の温度に至るまで徹底的に管理。
鏡面仕上げにするため、個性まで使って完璧に気泡を入れずに整えた。
我ながら出来栄えが良すぎて店にあってもおかしくない見た目をしている。
そこに、冬美が台所へやってきた。飲み物を取りに来たようで、甘い匂いと完成品を眺める応利に表情を明るくする。
「わっ、すごい!これ作ったの?」
「作っちまったっていうか…これさすがに気合入りすぎてキモいか…?」
「まさか!燈矢兄驚くよ、完全に店頭レベルだもん!いいなぁ、応利君と付き合ったらこんなことしてくれるんだもんね」
「冬美と夏雄にもチョコのタルト作ってあるぞ」
冷蔵庫を示すと、冬美は「えっ!」と声を弾ませて冷蔵庫を開ける。中に鎮座するチョコのタルトに歓声を上げた。
「美味しそ〜!ありがと応利君、勉強ばっかで肩凝ってたから」
「つっても、あとは滑り止めだけだろ。冬美なら普通に一般で受かってるはずだし」
「こればっかりはなぁ…でもありがと、一応最後まで頑張るよ」
「ん、頑張れ」
冬美は笑顔で頷いて、飲み物を取ってから部屋に戻っていった。すでに志望校の試験は一通り終わっており、滑り止めと、志望校の後期受験も見据えた勉強を続けている。恐らく志望校に合格しているだろう。
そこに、冬美と入れ替わりに燈矢が入ってきた。どうやら甘い匂いが廊下にも漂っているらしい。
「お、それ俺の?」
「ちょうどよかった。うん、これが燈矢の。冷蔵庫に入ってるのは冬美と燈矢の。飯食ったらデザートで出そうと思って」
「すげェな、ケーキ屋レベルだろこれ」
燈矢は周りの光景を反射するツヤツヤの見た目に感心する。再び恥ずかしさがぶり返し、応利は視線を逸らす。
「完成してから我に返った。どこ向かってんだろ、俺」
「俺のところだろ」
だが燈矢は気にせず、そう言いながら応利を後ろから抱き締める。腹に腕が回り、後ろからケーキを覗き込まれる。もっと恥ずかしいことを言われたため、少しマシになった。
すると今度はそこに夏雄もやってきた。こちらも甘い匂いにつられたようだが、ダイニングテーブルに手をついている応利とそれを後ろから抱き締める燈矢を見てげんなりとする。
「…いちゃつくなら他所でやってくんない?」
「冷蔵庫に夏雄の分もあるぞ」
「え、マジで?」
しかし応利に言われて、夏雄はすぐに冷蔵庫を開ける。中に入っているものを見て噴き出した。
「ぶはっ、ちゃんと燈矢兄のと分けてる!てかすごいな!」
夏雄が盛大に笑ってくれたため、応利も吹っ切れる。ここまで良いリアクションをもらえれば開き直れるというものだ。
「まぁな。燈矢のはビターチョコのムースをグラサージュ仕立てでコーティングしたムースケーキ。お前らのは生チョコとドライフルーツを使ってしっとり滑らか食感のタルトに包んだ生チョコのタルトだ」
「どこ向かってんの?」
「俺ンとこ」
「そういうこと」
「あーはいはい」
ゲラゲラ笑って燈矢は台所を出ていった。ただ見に来ただけらしい。再び燈矢と応利がいちゃつき始めたため早々に退散したようだ。
張り切り過ぎたかと思ったが、なんであれ燈矢は、応利が燈矢に向けるものをすべて素直に受け止めてくれる。そう思うと、むしろ応利がプレゼントをもらったようなものに思えた。