夢が叶った先に−3
1か月後、ホワイトデーとなった。
燈矢からは夜を開けておくように言われていたため、仕事終わりに早めに家事を済ませておいた。
いつもより少し早めに食事を終え、部活で遅い夏雄の分は冷蔵庫に入れておく。冬美は卒業式を間近に控え、友達と食事に行っている。ちなみに、無事に志望校に合格している。
焦凍に出かけることを伝えてから、燈矢と外に出た。家には炎司がすでに帰宅しているため焦凍1人ではない。
燈矢についていくと、どうやら車に乗るようで、助手席に座らせられた。運転席に座った燈矢が車を発進させたところで、ようやく尋ねる。
「それで、どこ行くんだ?」
「んー、決めてねェ。適当に走る」
「そっか」
普段、ドライブというものをするわけではないが、燈矢のしたいようにさせることにする。
本当に適当に走り出した車は、どこに行くでもなく走るが、やがて海沿いの高台にやってきた。眼下には静岡らしい製造業の工場が立ち並んでいる。いわゆる工場夜景というもので、ひしめく工場の煙突から煙や水蒸気が吐き出され、色とりどりの眩い照明に輝いているのが見渡せた。
人気のない道路沿いのスペースに車を停めると、エンジンを切る。ヘッドライトが消え、街灯も少ない田舎道ということもあり、一気に暗くなった。工場からの明かりと防波堤の照明だけが照らしている。
「これやる」
「あ、ホワイトデー?って俺が好きな貴腐ワインのチョコじゃん」
「知ってる」
そこでおもむろに渡されたのは、ホワイトデーのお返しだった。有名なブランドのもので、応利が大好きな貴腐ワインのブドウをチョコでコーティングしたお菓子だ。
「食べてみろよ」
「?うん、じゃあいただきます」
燈矢に促されたため、応利は包みを開けて早速食べる。途端に、芳醇なワインの香りが鼻の奥に突き抜け、チョコの甘さとブドウの甘さが溶けあう。
いつ食べても美味しいな、と思っていると、そんな応利を見て燈矢はニヤリとした。
「食っちまったな」
「…え、うん、お前が食べろって言ったんだろ」
「おう。これで応利は運転できねェな?」
「…、お前、」
そこでエンジンがかかる。燈矢は上機嫌で車を発進させた。
お菓子とはいえアルコール度数がそれなりにあるため、呼気検査を受ければ引っかかるだろう。そのため、応利は車を運転できない。
その事実をわざわざ確かめた燈矢にじとりとした目を向けてしまう。
そんな応利の目線にどこ吹く風で燈矢は車を走らせるが、近くの湾岸高速道路のインターチェンジ付近にあったホテルは満室と表示されていた。ホワイトデーなのをいいことにみんな集まっているのだろうか。
「あァー、こりゃどこも満室だな。満室なら仕方ねェよな」
「お前まさか」
だがそれに燈矢は苛立つ様子もなく、むしろ分かっていたようだった。
現に、車を走らせる方向には迷いがない。だんだんと山の方へと向かっており、周囲の民家も少なくなってきていた。
燈矢の意図を理解した応利は呆れてしまう。
車は、なんの変哲もない駐車場のような空き地に停まった。周囲は空き家ばかり、離れたところに人気のない神社があるだけで、まったく人の気配がなかった。
エンジンを切ると、かなり暗くなる。街灯がまばらであるため、離れた位置にある街灯と、山の上を走る高速道路のオレンジ色の遠い照明と、月明かりだけが光源だ。
真っ暗というほどではないが、外から中が見えるような明るさではない。
エンジン音がなくなったことであたりには静寂が落ち、近くの川の音くらいしか聞こえない。あとは互いの呼吸音だけだ。
燈矢はその状態でスイッチを一つ押す。途端に、すべての窓がすりガラスのように曇った。車上荒らし防止のために車内を見えなくする機能だ。ここまでしなくても見えなかっただろうが、これで完全に周囲から見えなくなる。