夢が叶った先に−5
3月31日、エンデヴァー事務所の最終出社日となった。
翌日4月1日から応利は独立、燈矢も応利のSKとして移籍することになっている。
事前にプレスリリースも出しているが、明日はさらに大手メディアなどでも応利の独立開業が報道されることになっている。
最も有名なSKとして知られていたという話題性もあるが、応利の個性が緊急の人質事件で引っ張りだこというのもあり、緊急の依頼をする際に間違えないようにするため、という実務的な理由もある。犯罪者への牽制という側面もあった。
独立といっても、応利が事務所を開くのは隣町の新幹線停車駅だ。東京、名古屋、大阪にそれぞれ2時間以内に到達できるためであり、轟家のことがなくともこの立地にしていた可能性は高い。
同時に、轟家での居候はもう1年続くことになっており、家事を手伝いながら仕事ができる距離でもあった。
最終出社日となってはいるが、実際には荷物を片付けたうえで、自分の車で新事務所に運ぶだけだ。あとは自分の事務所の最終準備を進めることになっている。
「エンデヴァーさんの機嫌とれる人いなくなっちゃうっすね」
「バーニンはもともとそういうの気にしないだろ」
「まぁね!!」
なんだかんだよく一緒に行動していたバーニンはあっさりとしている。応利もそうだが、二人とも人付き合いは意外と淡白だ。
デスクの片付けはあらかた終わり、段ボールを閉じる。燈矢はもともと私物がほとんどなかったため、燈矢の分まで応利の段ボールに入っていた。
片付けをすればあとはここを出ていくだけとなる。
応利は職場体験時代から世話になっていたSKたちを中心に、慣れ親しんだメンバーを見渡して頭を下げる。
「8年間お世話になりました。たくさんのことを学ばせていただきました。本当にありがとうございます」
「がんばれよ!」
「こっちこそ何度も助けられたぜ!」
「期待してるぞー!」
口々にそう言ってもらうと、燈矢も珍しく頭を下げていた。炎司にこそあたりが強かったが、SKたちとは普通に接していた。愛想はなかったが。
その後、二人は執務室に入る。最後に炎司への挨拶をして終わりだ。家で会うとはいっても、こういうのはけじめである。
ノックをして入室許可をもらい中に入る。デスクに座る炎司はこちらをじっと見据えた。
「準備はできたのか」
「はい。改めて、職場体験以来8年にわたり、ご指導賜りありがとうございました」
「SKとして十分に活躍してくれた。トーヤともども、これからも慢心せず努めろ」
炎司は形式的にそう注意するが、これは挨拶のようなものだ。ひとつ頭を下げると、隣に立つ燈矢を窺い見る。読めない表情で炎司を見つめているが、その視線に剣呑さはない。
「…あんたがNo.2になれた理由も、No.1になれない理由も分かった」
すると、燈矢はおもむろにそう述べた。応利も炎司も言葉の続きを待つ。
「きっと俺も、あのままあんたが俺をヒーローに育てたとしても、オールマイトは超えられなかった。個性とか体質とかじゃねェ、もっと根本的なところだ」
「燈矢…」
その言葉に驚き、応利は燈矢を見上げる。燈矢は目が合うと、ふっと小さく笑った。
「あんたのためでも、あんたを否定するためでも、オールマイトを超えるためでもない。ただ、応利の隣に立つためにヒーローになった。今日、その夢は叶った。俺はその先を生きていく。インターンとして、SKとして、世話になった」
火災事故のときに炎司を見ないと宣言したときは、決別だった。
だが今の燈矢が告げたのは、先を行く者から置いて行かれる者への別れの言葉にも思えた。
夢を叶えた先を生きていく燈矢と、焦凍を通して過去に縛られる炎司は、確かに対照的な位置にいる。
だからこそ燈矢は、この事務所で学ばせてもらったことだけは礼を述べた。それができた。
炎司は驚きに目を見張ってから、そっとその目を伏せた。数瞬後、顔を上げたときにはいつもの表情になっていた。
「ここがゴールではないということを忘れないことだ。もう行け、俺たちは普段通りの業務がある」
「…はい、それでは失礼します」
応利が代わりに応じると、燈矢は無言で先に執務室を出ていった。
かつての炎司と燈矢が夢想した光景は、こんな冷たいものではなかったのだろう。だが、きっとこれが、彼らの最善のありようだった。