夢が叶った先に−7


独立から1カ月、早速応利と燈矢はあちこちに引っ張りだことなった。
初の事件は東京で発生した人質事件、その後も横浜、名古屋、大阪、松本、鎌倉、京都と鉄道ですぐ到着できる範囲で相次いで応援に呼ばれている。

事件の解決自体は大したことはない。だが、地元ではないために追加的に提出することになる各地の警察や行政への報告書の送付など周辺業務が多く、そもそも事件前後の移動自体が物理的に時間がかかる。
おかげで二人ともクタクタだ。

応利はそのうえででさらに轟家での家事も行う。大学生になった冬美が主戦力になってくれているため、応利がいない日が多くても問題はないのだが、冬美は教職課程のため必要単位数が多い。受験生の夏雄に手伝わせるつもりはなかったため、なるべく応利は時間を作って家事を行っている。
燈矢もさすがに、買い物だけでなく掃除や洗濯など料理以外の多くの家事を担っていた。

そんな中、5月中旬ごろのことだった。

事務所で待機していると、電話が鳴る。すぐに出ると、公安からだった。


『こちら公安。緊急の要請です』

「…公安委員長直々のお電話ですか。すぐ出られます。なんでしょう」


なんと電話先はヒーロー公安委員長だった。冷徹な雰囲気を纏った女性であり、その低い声はいつでも抑揚に乏しく感情がまったく見えない。この国の治安維持の要として、ときに残酷な決断もいとわない人物だ。


『松野電子の社長の娘が誘拐されました。人質を取っており、なぜか公安に対して身代金の支払いを求めています』

「…公安に対して、ですか。それは身代金が目的ではない、ということですかね」

『こちらもそのように考えています。これは我々、そしてあなたへの挑戦でしょう』


半導体材料の大企業である松野電子は、いわゆる一族経営の会社であり、社名と同じ松野家が代々社長となっている。静岡県内でも有名な金持ちだ。

その娘が誘拐されたとのことだが、犯人は身代金を要求しているものの、相手を直接公安に指定していた。松野家ではなく公安に直接コンタクトを取ってのことだということは、正面からケンカを売っていると見ていい。


『松野家からは身代金の代理支払い、つまり我々が支払ったのちに充当することを提案されていますが、犯罪者の要求に屈するわけにはいきません』

「県の公安ではなく中央に直接、となると、まぁそうでしょうね。身代金を払ったところで彼らの目的が異なれば意味がない」

『その通りです。そして犯人は現在、人質を拘束している場所からライブ配信を行っています。無名のアカウントのため、まだ視聴者はほとんどいませんが、すでにSNSでは拡散が始まっており、あと1時間もすればトピックに上がり、2時間後にはネットメディアが速報を報じ始めるでしょう』


これはいよいよ、犯人による意図的な事件だと分かる。
直接、東京の公安委員会本部に連絡していることや配信をしていることは、身代金が欲しいわけではなく、この行為そのものに目的があるということだ。
その目的は、応利と公安への挑戦に他ならない。


「場所はどちらですか」

『岐阜県中部の山中にある、廃墟となった旅館です。後ほど情報を送りますが、そこからだとちょうど2時間かかる距離です』

「…ほんと、正面からケンカ売られてますね。それで?こちらも正面から買いますか?」

『可能であれば。もちろん、もしもに備えて名古屋からヒーローを派遣しますが、配信されてしまっている以上、正面から圧倒していただきたい』

「…了解です。これより直行します」


公安のメンツもかかっている、ということだ。
応利は了承して電話を切る。聞いていた燈矢は、自分のデスクからこちらを窺う。


「今の、公安か」

「あぁ、緊急の要請。松野電子の令嬢が誘拐された。ご丁寧に、東京の公安委員会本部に身代金をダイレクトに要求して、ネットで配信までしてる」

「…罠だろ。特に応利を狙ったモンとしか思えねェ」

「それでも、これは国の威信に影響するような問題だ。そして俺に売られた喧嘩でもある」


静岡県西部での人質事件は4年ぶり、静岡県全体でも1年ぶりとなる事件だ。それだけ、応利の存在は強い抑止力になってきた。
そんな応利のいる静岡県内の名家から少女を誘拐し、国に直接連絡してきたのだ、随分な挨拶である。


「行くぞ燈矢。売られた喧嘩、買いたたく」

「…了解」


燈矢はニヤリとして立ち上がる。もともと好戦的な性格をしているだけあり、こうもあからさまに喧嘩を売られたとなれば、正面から叩きのめせると考えているのだろう。それは応利も同じだった。


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