夢が叶った先に−9


県道から一歩森の中に入った状態で道沿いに進むこと10分、旅館の前に到着する。
廃墟といっても、閉業してから5年ほどらしく、外壁に痛みはあるが建物自体は丈夫そうに見えた。鉄筋コンクリートの4階建て、手前のロビーホールは低層部となっており、2階建てで吹き抜けだ。配信の映像で天井に見えていた天窓は、人1人が通れそうなサイズの丸窓が円を描くように並んでいた。

正面には車寄せもある立派なエントランスがあるものの、入口には誰もいない。ただ、個性で監視されている可能性もあるため、突入するときはすぐだ。


『こちらトーヤ、配置についた』

「了解。中は見えるか?」

『人質はホール中央の椅子に固定。椅子は据え付けではなく普通のパイプ椅子。人質至近に2名、5メートル以内に2名、周囲に6名が散開。あと2名がエントランス付近にいる。光源は人質近くのランプ、およびホール奥の作業台のランプのみだが、かなり月明かりで天窓から光が入ってる』


さすが燈矢、詳細かつ応利が必要とする情報を的確に余すことなく伝えてくれた。


「一応聞いておくけど、やっぱりあの大層なマスクつけてるよな?」

『変わらずだな』


実は、愛知県から岐阜県に入ったあたりで、配信に映る男たちは酸素マスクをつけていた。吸う空気も吐く空気も装置の中で完結するもので、使用可能時間に制限があるタイプのものだ。完全に外気を遮断するため、放射性物質があるような場所で使われることも多い。
そのようなマスクは、さすがに応利の気圧の制御は及ばない。


「仕方ねぇな。よし、じゃあ事前に決めていた通りに」

『了解』

「こちらパスカルより各方面へ、これより突入する」


無線で全体にも呼び掛けてから、応利は森を出て一気に走り出す。
すぐさまエントランスに入ると、ホールの中を視界に収める。男たちが慌てた直後、すでに発動していた応力の個性により、人質付近の床が破裂、至近距離にいた男二人がよろめいて離れた。

その途端、天窓のガラスが割れる甲高い音が響き、燈矢がひらりとホール内に飛び込む。
そして、応利と燈矢の個性が同時に発動する。


防炎壁(ファイアウォール)

0気圧の壁(ウォール・ゼロ)


天窓から蒼炎が人質の少女に向かって筒状に放たれるのと同時に、応利の個性によって少女の周囲に気圧がゼロの薄い空気の壁が生じる。
炎はその壁を通れず、少女を炎の筒に閉じ込めるようにして男たちから隔離、さらに青い炎が拡散して男たちを飲み込んだ。

ホール中央の男たちは悲鳴を上げるが、エントランスにいた男二人が応利に襲い掛かる。


局所高気圧(スーパーメソハイ)80,000hPa」

「ぐぁ…ッ!」


しかし、すぐに極端な高気圧が二人を頭上から押しつぶす。その衝撃で酸素ボンベのマウスピースから口が離れたため、今度は低気圧で気絶させた。

ホールでは、残る10人のうち、すでに3人が炎によって意識を失い倒れていた。
ほかの7人は奥に追い詰められているが、水の個性の男が水流を起こして守っている。

少女が炎に囲まれたのは僅か3秒ほどであり、敵が離れた瞬間に燈矢が少女の近くに着地し周囲を牽制していた。おかげで、輻射熱で丸焼きになることはなかった。
輻射熱は赤外線であり、空気の熱移動ではないため、真空でも熱が伝わってしまうのだ。

応利は人質のそばに駆け寄る。
これで、人質のすぐそばで守るように応利と燈矢がホール中央に立ち、奥の宿泊棟へ続く廊下の前に残る7人の犯人たちが固まる形で膠着した。


「大丈夫、ヒーローパスカルだ。助けに来た、もう少し待ってて」


呼吸がしやすいよう、口を覆うタオルだけは外してやりながら答える。目については、もしものときに保護する観点から残したままとしている。
まだ10歳だというのに、少女は落ち着いて静かに頷いた。


「いい子だ。ロープは外すけど座ってて」

「うん」


手足を縛るロープを外しながら言えば、小さくうなずいた。本当に偉い子だ。
とりあえず拘束は外した。これでいざというときは連れ出せる。だが、相手の手数がまだ不透明だ。背を向けて人質優先で脱出、というわけにもいかない。


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