同じ地平に立つ−1
松野電子社長子女誘拐事件の解決は、大々的に大手メディアで取り上げられた。社会的影響の大きい事件であったことや、SNSで犯人たちがライブ中継して注目されたことも原因だ。
応利とトーヤは揃って報道で取り上げられており、中には特集を組んだり二人揃ってのCMのオファーを出したりと踏み込んだ提案をしてくれるところもあった。
よく炎上していたのにいいのだろうか、と逆に思ったほどだ。
しかしそうした注目されている時期ほど、悪い注目を集めようとする者もいるもので。
「ついに来たか…」
事務所に郵送されてきたのは、翌日発売予定の週刊誌だった。
そこには、燈矢が女優と二人で歩いている写真が大々的に写された記事が組まれており、「堂々熱愛!新進気鋭のSKと売れっ子女優の密会!」と題されていた。
この女優は、先週燈矢が受けていた護衛依頼の護衛対象だ。
誘拐事件以降、静岡県内では警戒が一時的に高まり、要人警護の依頼が各ヒーローに来ていた。応利は即応性が重要であるため拘束時間の長い依頼は受けていないが、事務所の指定があったため、燈矢を代わりに派遣していたのだ。
その護衛対象が、県内に実家がある有名若手女優だったというわけだ。
デスクで週刊誌を見ていると、倉庫に行っていた燈矢が戻ってくる。執務室に入ってきた燈矢に、週刊誌のページをひらひら見せると、こちらに近づきながら記事を見て、目を丸くする。
「なッ、んだ、これ」
「案の定やられたなぁ」
「ちが、違うぞ応利、あの護衛対象の女とは何もねェからな」
応利としては、懸念していたネガティブ報道が出てしまったな、というだけだったのだが、燈矢は盛大に焦っている。
見たことないほど狼狽えており、逆に応利がポカンとしてしまう。
「信じてくれ応利、あいつのことは何とも思ってねぇから、」
一瞬、浮気を疑う文脈でからかってやろうかと思った。
だが、燈矢はデスクに身を乗り出さんばかりに必死に否定する。その目には、明らかに恐怖が見えていた。
見て欲しい人に見てもらえなくなる。その恐怖をよく知る燈矢にとって、応利に顧みられなくなることは、きっと、世界の滅亡に等しい絶望だ。いや、世界が滅ぶ方がマシかもしれない。
ほかならぬ応利がそういう揶揄をするべきではないだろう。
そう思い、応利は立ち上がって、落ち着かせるように燈矢を抱き締める。抱き着くと言った方が正しいが、広い背中に手を回して撫でる。
「分かってる。別に疑ってるわけじゃない」
「そ、うか…」
「言っただろ、メディアに喧嘩売るとネガティブな報道してくることあるって。だからあんま邪険にしない方がいい」
「…悪い、迷惑かけた」
燈矢も応利を抱き締めつつ、珍しく殊勝なことを言った。
独立したてで大事な時期なので足を引っ張った、といったところだろうか。
「言い方悪いけど、お前のスキャンダルごときで揺らぐほど俺が得てる信頼は薄くねぇからな。そもそも、週刊誌の目的はいくつもある、そのどれかで当たればいいんだ。あちらもそこまで敵視してのことじゃない」
「目的?」
応利は少しだけ体を離して、デスクから週刊誌を手に取る。まず女優を指さした。
「まずこっちの売名。この写真の映り方はお前じゃなくて女優をフォーカスしてる。最近テレビでもあんま見かけてないからな、名前を出したかったんじゃねぇかな。次はお前のリアクション」
「俺の反応ってことか」
「そ。この記事が出たあと、メディアは当然お前に凸る。そんで、キレたお前がいつもより過激な暴言を吐く。それを流して炎上。一連の関連記事でPVを稼ぎメディア内を回遊させる」
「…、我ながら目に浮かぶな……」
「だから口には気をつけろって言ってんだ」
強めのデコピンをすれば、燈矢は額を摩りつつもう一度「悪ィ」と述べた。別に応利には特に問題はない。
「ま、俺は別にいいんだけどな。事務所としては事実ではないってプレスリリース出すだけだし、俺にインタビューされてもそれを繰り返すだけ。お前もそうすりゃ2つ目の目的は達成されない。だから俺には特に面倒もデメリットもない」
淡々と説明すると、燈矢は自体が当初思ったほどの深刻なものではなかったことから、ようやく安心したようにする。同時に、少しだけぶすっとした。
「…つか、嫉妬とかねェの。俺が言うのもなんだが、それはそれでっつーか」
どうやら燈矢は、あまりに応利が気にしていないことが気になったらしい。浮気を疑って感情を見せるような、そんな応利の愛情の発露を期待したのだろうか。
さすがに呆れてため息をつく。
「あのな、俺はお前が小学生のときから見てきたんだぞ。お前のこれまでの人生、こんなぽっと出の女になびくようなモンじゃなかっただろ。つか、そもそもどう見ても俺の方が優良物件だしな」
あまりに普通の子供とはかけ離れた、地獄のような家庭で育った燈矢が、こんな数時間護衛しただけの若手女優に心を許せるわけがない。
それを聞いた燈矢はぐっと唇をかみしめてから、再び深く応利を抱き締める。
「優勝」
「知ってる」
そう簡単に返すと、燈矢は突然、応利を抱え上げた。さすがにいきなりのことに驚くが、横抱きにしたまま、燈矢は仮眠室に向かう。
「今日はもうすぐ終業だろ」
「…いや、お前、だからって、おい!」
器用に片手で扉を開けて仮眠室に入ると、応利をベッドに押し倒す。
薄暗い仮眠室の広いベッドに、天井を覆うように燈矢が応利の上でマウントポジションを取る。どうやら感情が高ぶったらしい。
一応、緊急の要請があれば出動するが、実際のところそれまでは事務仕事しかないし、あと40分もすれば終業時間となる。
なんだかんだ、応利もこの仮眠室のこうした用途に抵抗はなかった。
ただ、二人とも今はコスチュームを着ている。なんとなく背徳感はあったが、ヒーロー・トーヤに迫られているという感覚に言い知れぬものを感じているのも確かだ。大概自分もどうかしている。