同じ地平に立つ−3
独立後のヒーロー活動と家事の両立にも慣れた9月、夏雄が修学旅行から帰ってきた。
夏雄が不在の間、兄弟のチャットグループにはほとんど写真は上がらなかったが、たまに上がる写真では楽しそうな様子が窺えた。
中間子らしく、家庭の外に居場所があるタイプの夏雄は、きちんと友人たちと普通の学生生活を送っているようだ。それに少し安堵する。
冬美が授業で遅い日だったため、早めに仕事を終えて帰宅した応利と燈矢は、夕方に帰ってきた夏雄を玄関で出迎えた。
「「おかえり」」
「えっ、どうしたの二人揃って…ただいま…」
「ちょうど買い物から帰ってきたとこ」
応利が答えると、燈矢は重い袋を軽々と持って台所に向かう。夏雄は合宿でも使っている大きなボストンバッグをどかりと玄関の床に置き、靴を脱ぐ。応利も残りの買い物袋を持って台所に向かった。
キッチンテーブルで買ってきたものを取り出し、燈矢が次々と冷蔵庫に入れていると、夏雄も台所にやってきて、土産袋を応利に手渡す。
「これお土産」
「ちゃんと栗あん八つ橋買ってきた?」
「それ探してあちこち歩き回った」
「うおーっ、ありがとな夏雄〜」
お土産として指定した、栗が入った八つ橋をきちんと買ってきてくれた優しい夏雄に、応利は思わず抱き着く。ずっとこれが食べたい気分だったのだ。
この夏15歳になった夏雄は、中3にして180センチに迫ろうかという長身であり、目線の位置に口元が来るような身長差だ。バスケ部だったため筋肉質で大柄な体格をしている。
「おいまた浮気か応利」
燈矢はじとりとした目を応利に向けるが、野菜を野菜室に入れることを優先して手を動かし続ける。すっかり所帯じみたものだ。
「も〜、燈矢兄が面倒だから駄目だよ応利君」
「いやぁ、あいつにはない可愛げみたいなものがあるっていうか…癒されるんだよな…」
ぐりぐりと鎖骨あたりに顔を埋めると、夏雄はため息をついてから、おもむろに応利を抱き締めた。
夏雄から応利を抱き締め返すのはこれが初めてのことだ。さすがに応利も驚き、燈矢は持っていたブロッコリーを取り落としかけた。
「えっ、夏雄…?」
「夏君?何してンだ??」
「…、応利君の方が癒されるよ」
「っ!?」
耳元でそう囁かれ、応利はさらに驚愕する。燈矢と揃って固まると、夏雄は呆れたように二人を見てから体を離す。
「いつまでも可愛い弟じゃねーから」
「う、わ…ときめいた……」
「応利!?」
そう子供扱いしていたつもりはなかったが、油断していた。さすが轟家の血筋、顔面で大優勝である。
燈矢はすぐに冷蔵庫を閉めて応利のところに駆け寄ると抱き締めてくる。
「おいダメだぞ応利、正直俺が負けるとしたら夏君なんだからな」
「いや、応利君が燈矢兄以外に現を抜かすとは思えないけどね」
夏雄はそう言いつつ、燈矢が閉めた冷蔵庫からお茶を取り出してコップに入れ始める。からかっただけ、と分かり、燈矢は警戒を解いた。冷静に考えて、これまでの轟家の出来事を振り返れば、燈矢と応利の間に入る余地などないと誰でも分かる。人の機微に敏感な夏雄なら尚更だ。
こういう揶揄もできるようになったのだな、とまた夏雄に怒られそうな感慨を覚える。
応利はとりあえず、土産のうち足が早いものだけを取り出していきつつ、修学旅行の感想を聞いてみる。
「それで?修学旅行どうだった?」
「楽しかったよ、寺とかあんま分からなかったけど」
友達と過ごすだけで十分に価値がある。燈矢は友達がそもそもいなかったため、修学旅行それ自体に価値を感じていなかったが、あちこちに仕事で行くようになった今は、現地の食事などを楽しみにしているようだった。
そんな燈矢が、夏雄の言葉に頷く。
「分かる。俺も興味なかったけど、応利がプロ並みに説明してくれてな」
「デートの話やめてね…」
付き合い始めてすぐ、リベンジ修学旅行と卒業旅行を兼ねて応利と燈矢で行ったときのことだ。
あれがデートだったと今の夏雄はしっかり理解しているため、ため息交じりにそれ以上を拒む。だが、それを聞いて燈矢は項垂れた。
「…そうか…まァ、俺の話とか興味ねェよな…」
「えっ、いや、そういうんじゃないって」
それに夏雄は慌ててフォローを入れるが、今度は燈矢がニヤリとする。
「じゃあ興味あるよな?あんときも応利が甘いモンに吸い寄せられてて可愛くてな」
「ええ…」
昔を彷彿とさせるように、燈矢が夏雄にあのときのことを聞いてもないのに話し始める。夏雄はげんなりとしていたため、応利が燈矢と夏雄の間を遮るように前に出る。
もちろん燈矢も応利が止めに入る前提だったのだろうが、それでも夏雄の共感能力が高すぎる。
「おい夏雄、お前優しすぎるって。すぐ逃げろよな」
「せこい技使う燈矢兄が悪いじゃん」
「ま、それはそうだな。あいつも最近、愛情表現に幅が出たっていうか…」
「のろけ話やめてね」
呆れてそう言うと、夏雄はとっとと台所を出ていった。むしろよくこの絡みに応じてくれたものだ。やはり優しい。
ちょっと反抗期っぽいところを見せてくれるようになったのも、信頼の現れであり、嬉しかった。