同じ地平に立つ−5


その週末、応利は冬美たちにも正式に一人暮らしとなることを伝えることにした。
そろそろ周りの整理なども必要になってくるため、準備を始める前に言っておいたいい。

週末の昼食時、応利は冬美と夏雄、燈矢が揃った場で切り出す。


「冬美、夏雄、来年のことなんだけど」

「来年?」


すぐに冬美が応じてくれたため話を続ける。


「春から、ここと事務所の間らへんに家借りて一人暮らししようと思う。もともと今年からの予定だったんだけど、家政婦さんいなくなっちゃったから、とりあえず夏雄の受験終わるまではってことで延期してたんだ」

「そっか、そうだよね、仕事も忙しいし…」


なんだかんだ7年にわたり暮らしていたため、冬美たちにとっても大きな転換点になってしまうだろう。
冬美も夏雄もさすがに寂しそうな顔をしていたが、一方で独立ヒーローとして社会的地位を得ている応利の繁忙も理解していたため、納得はしている様子だ。


「とはいっても、冬美は教職課程で物理的に家にいられない時間もあるし、夏雄も高校で忙しくなる。かなりの頻度で顔出して飯作りに来るんだけどな」

「そんな悪いよ、ただでさえ忙しいのに」

「そうだよ、俺だって手伝うし」

「大丈夫、結局自分の作るんだから、1人も数人もあんま変わらない。距離も近いところになるし」


半分本当で半分嘘だ。どうせ食事を自分の分も作るのだから、轟家の分として作りに行くのは変わらないというのは本当である。だが、さすがに1人と5人は違う。そもそも燈矢と炎司、夏雄の3人分の量が多すぎる。
それでも、応利はここで妥協するつもりはない。もしも夏雄が家のために部活をやらないと言い出したら、それは応利の敗北だ。勝手にそう思っているだけだが、彼らに普通の青春を過ごさせるというのが応利の目標だった。


「それに燈矢は来年一年間はここに置いてくから」

「燈矢兄は別に…」

「あんま戦力にならねーからな…」

「おいなんだそれ」


応利だけでなく燈矢は引き続きここに住むため負担は大きくないと言いたかったのだが、冬美と夏雄は微妙な顔をした。燈矢の顔が引き攣る。


「ほ、ほら、買い物とかや役に立つから、車運転できるし。な?」

「フォローすんな」


そんな応利と燈矢のやり取りに、冬美たちの笑いが落ちる。これで料理以外はきちんとできる男だ、普通に家の支えとなるだろう。何より兄がいてくれるというだけで違うはず。
燈矢が来年も家にいることをまったく渋らなかったのは、燈矢もギリギリまで妹たちを支えることになんら迷いがなかったということだ。そういうところは、やはり長男だと思った。



その日は炎司の帰宅が遅いため、いつも通り応利は焦凍と夕食をとることにしていた。冬美も一緒であり、いつもの和室で座卓について食べ始める。

焦凍は来年中学に上がる。すでにほかの子よりもずっと大きく育っており、顔つきもだんだん丸みがなくなってきた。
来年から応利が家を出ていくことは焦凍にも言っておくべきことであるため、早速話を切り出す。


「焦凍、来年の春から俺は一人暮らしになる。つっても、しばらくは俺が飯当番続けるけどな」

「…?そっか」


焦凍は表情を特に変えることもなく頷いた。昔から感情が表に出にくい子供ではあったが、最近はより顕著になっている。成長の証と取るべきか、やはり情緒が育ちきらなかったと取るべきか。

相変わらず学校では馴染めていないが成績はよく、顔立ちももともと整っているために同学年より大人びているため、ませた女の子たちからはモテているらしい。本人はそう認識していないが、たまに焦凍から学校のことを聞く限りはそうだろう。
焦凍の保護者面談だけは炎司が行っていることもあり、焦凍の学校生活については応利もよく知らないが、友達の気配はない。

間違いなく炎司のせいだが、とはいえ、小学生の修学旅行にあたる6年生の林間学校で応利のためにジャムを土産に買ってきてくれた際、応利が甘いもの好きであることを知ってのチョイスだったことから、変わらず優しい子ではある。
それを表に出せる心の余裕がないのだろう。

焦凍は少し食事を進めてから箸をいったん置く。何か話すときの姿勢だ。この家の子供たちはみんな行儀が良い。


「…俺も、中学に上がったら、左の訓練やめる」

「左って…炎熱の個性使うのをやめるってことか」

「うん」


じっとこちらを見て述べた決意表明に、応利はなんと返そうか一瞬迷う。冬美も心配そうにしているが、ヒーローに関することは口を出さないようにしていた。


「じゃあ、氷結…お母さんの個性だけでヒーローになるんだな」

「うん。じゃないと、お母さんに会えない。お母さんの力だけでヒーローにならないと、今の俺じゃ会えない」

「焦凍…、」


焦凍がこうして内心を口に出すのは非常に珍しい。こちらから聞かないと見せない部分だ。それを自分から口にしたことからも、固い決意であることが窺える。

大方、父親を否定するために母親の個性だけでヒーローにならなければならない、と考えているのだろう。

実際、冷は4年前に燈矢と和解して以降、体調を大きく崩すことはなくなった。だが依然として炎司はもちろん焦凍には会えていないままであり、病院側もまだ無理そうだと判断している。
応利や冬美、夏雄はよく会っているが、冷の実家である氷叢家も炎熱の個性である燈矢と焦凍を疎んでいる様子であり、燈矢はほとんど会っていないのが現状だ。

母に会いたいという渇望は諦観へ、そして父への憎悪へと収束した。その過程で、焦凍の中でも、冷には「会いたい」から「会えない」に感情が変質したのだろう。

もうすでに、焦凍は応利が止めに入らなくても自分で炎司との訓練を切り上げて適宜休憩を取るようになっている。確実に、焦凍にとって応利は必要な存在ではなくなりつつあった。それ自体はまったく問題ないが、これは同時に、焦凍が拠り所を自身の感情、すなわち炎司への憎悪に置換しつつあることも示す。

こればかりは、応利には介入できない問題だ。冷が焦凍を傷つけ、炎司が焦凍に過酷な定めを課し、焦凍がそれらに傷つき父への憎悪を抱いているのは、すべて7年前の出来事に由来している。
そのときの応利には燈矢1人を助けるのに精一杯だったし、何よりも、焦凍が必要としていた助けは応利のものではなかった。

せめて、高校で雄英に入って燈矢のように変わることを祈るしかない。燈矢も、切磋琢磨できる者たちのおかげで視野が広がった。焦凍にも、そういう出会いがあってほしいと、ただそう思うばかりだった。


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