剛翼と蒼炎−1
4月、各自の生活が大きく変わり2週間ほど経過した。
この春、冬美は大学2年生、夏雄は高校1年生、焦凍は中学1年になった。応利は一人暮らしを開始しており、何も変わっていないのは燈矢だけである。
平日の朝、応利は5時半に起きて、軽く身だしなみを整えてから、まず車で轟家に向かう。
6時過ぎくらいに轟家に入り、朝食の準備を開始。まず炎司に朝食を出し、少しして起きてきた燈矢にも朝食を出す。そのあたりで冬美がやってきて手伝いに入ってくれるため、焦凍の分と夏雄の分を任せ、応利は夏雄の弁当を用意する。
冬美は単位数が多いため朝から授業に入っていることが多いが、やはり大学生の朝は少し遅いため、片付けはすべて任せていた。
応利もこのタイミングで朝食をとることにしており、自分の分の朝食は台所のダイニングテーブルで食べてしまっている。その後、粗熱を取った夏雄の弁当箱を持って居間に入る。
「夏雄、弁当。早弁するときは中のシート捨てるなよ」
「ありがと」
「てか足りてるか?」
それなりのサイズではあるが、夏雄は本当によく食べる。高校でもバスケ部に入っており、朝練などはまだないが、大会前に朝練が始まるなら昼まで保たないだろう。
「最近ちょっと購買で買わないと腹減るかも」
「じゃあもう少しでかいのにするか…。朝練とか始まるときは別におにぎりでも作っておく」
「あー、やっぱ応利君と結婚してー」
「は?夏君?」
しみじみと言った夏雄に燈矢が睨みを利かせるがどこ吹く風だ。夏雄も随分したたかになった。冬美は呆れて自分の食器をまとめて持ち上げる。
「もう、馬鹿なこと言ってないで早く食べて。私今日はちょっと早いんだから。燈矢兄は自分の分洗っておいて」
7時過ぎに炎司が、7時半には夏雄が、8時過ぎに焦凍がそれぞれ家を出ることになっている。冬美は日ごとに異なるが、8時前後が多い。
応利は燈矢とともに8時前くらいに出ている。よく渋滞するため、事務所に到着するのはだいたい8時半くらいになる。
焦凍も中学生になり、だんだん子供たちも大人になりつつある。応利がいなくても問題ないだろうが、問題ないようにするためには大切な青春の時間をある程度犠牲にする必要がある。そうならないように、応利と燈矢がいるのだ。
その日の夕方、業務時間も終わりに近づいてきたころ、駅前パトロールから戻ってきた応利と燈矢は、デスクについて残務処理を行う。明日はオフであり、事務所を閉じるため、HNで急用などがないか確認する必要もあった。
すると、燈矢がおもむろに口を開く。
「なぁ、今日は泊まりに行っていいか」
「あー…そうだな、そろそろいいんじゃねぇかな」
実は、燈矢はまだ応利の家に泊まりに来ていない。何度も来てはいるが、必ず轟家に帰っていた。それは冬美たちの家事を助けるために他ならない。
新生活に慣れるまでは毎日帰っていたが、そろそろ毎晩燈矢がいる必要もないだろう。買い物もきちんと済んでいるし、夏雄たちに特別な用事もない。
応利が了承すると、すぐに燈矢は夕飯担当の冬美に伝えた。
きっと今後は、オフの前に泊まる場合、こうして事前に連絡をするということが続くだろう。
そして、こうやってわざわざオフの前を狙って泊まるということは、何をするかも分かり切っている。
そうして、その日は引っ越して初めて自宅での行為に及んだ。
これまで、ホテルでも事務所でも行為後に車を運転して帰宅する必要があったのに対して、家であれば当然その必要はなく、軽くシャワーをしてそのまま眠れることがあまりに快適だった。
その翌朝。
「…、あれ、とうや…?」
「おはよ」
ベッドで二人並んでいたところに朝日が差し込み、自然に目を覚ます。目を開けるとすぐに、燈矢の極めて端正な顔があった。少し前から起きていたのか、しっかりとした目でこちらを見つめている。
「…はよ、起きてたのか」
「ちょっと前にな。おかげで寝顔見れた」
「…あっそ」
まだ思考が少し霞む。応利は布団の中をもぞもぞと動き、燈矢の腕に頭を乗せて胸元に顔を寄せた。抱き着くようなそれに、燈矢はゆっくり応利を抱き締め返す。
ぐりぐりと鎖骨あたりに額を押し付けると、燈矢が頭上で小さく笑う。
「朝強いんだと思ってた」
「特別弱くはねぇ、けど、しゃきっとしなきゃ、みたいなのもお前の前だとない」
別に朝が弱いというわけではない応利だが、何もするべきことがなければ普通にだらける。特に今は、安心する燈矢の隣だ。オフの日ということもあり、きちんと起きなければ、という感覚でもなかった。
そう答えると、燈矢は応利の頭を撫でる。
「可愛いな。無限に甘えて欲しい」
「なんだそれ…」
少し呆れてしまったが、燈矢にそう言ってもらえるのは嬉しくて、もう一度胸板にすり寄った。
これが日常になる、ということがどれだけ幸福なことか、今さら実感した。