それは地獄のような−8


轟家に住み込みでインターンと通学をするようになってから、燈矢との訓練の頻度も少し増えた。一緒のタイミングでいないと怪しまれるため、応利が学校やインターンに行った後、帰りを遅くする形で落ち合っている。

そしてタイミングを同じくして、燈矢の火力が出過ぎるようになってきた。ようやく13歳になった体は急に第二次性徴を迎え、体の急成長に伴って個性も急激に強くなったようだ。

エンデヴァー事務所のSKに個性を制御するコツを聞くなどして応利もなんとかコントロールできるようにしようとしていたが、さらに状況は悪化してきた。

1月中旬、いつもの場所にやってくると、先に来ていた燈矢は興奮したように駆け寄ってきた。


「ねぇ見てよこれ!」

「え…なっ、」


燈矢は喜びを全面に出して、手から青い炎を噴き出した。赤い炎よりも遥かに高い温度の炎であり、赤い炎は1000度以下、青い炎は1500度以上になる。


「すごいだろ!?昨日いきなり出るようになったんだ!体の成長に合わせてるのかな、エンデヴァーにだって出せない温度だ!」


エンデヴァーはもちろん、事務所のSKや雄英の学生にもいない。炎系の個性は大勢いるが、青い炎を出せる者は見たことがなかった。


「…すごいな、人の体から1500度の温度を出せるのか」

「まだ安定しないけど、ものにしたらお父さんもヒーロー諦めろなんて言わなくなるぞ!」


炎は赤くなったり青くなったりを繰り返しており、興奮した様子の燈矢がはしゃぐたびに青くなっていた。
応利は慎重に言葉を選ぶ。


「制御訓練の方はどんな感じ?安定して維持できる温度を上げていって、その温度でも安定させられるようにしねぇと」

「やってるから大丈夫!早くお父さんに見せなきゃ!そうしたら、またお父さんが個性の特訓見てくれるようになる!俺を作ってよかったって思ってくれる…!」


それを聞いて応利は何も言えなくなる。
「自分を作ってよかったと思ってくれる」などという言葉を子供が自分で述べることの残酷さに、どこにでもある普通の家庭で育ってきた応利には、それを真正面から受け止められる度量はなかった。その重みは、応利が抱えられるような代物ではなかったのだ。



その夜、化粧部屋で自分の制服で使うワイシャツにアイロンがけをしていると、炎司の怒鳴り声が聞こえてきた。恐らく、燈矢に対するものだ。燈矢が炎司に報告したのだろう。
さすがに報告しない方がいいとは言えなかったし、早急に炎を制御する訓練を専門的に行わなければ危険であることからも、炎司が知っておくべき段階だった。
応利は炎系の個性ではないため、さすがに制御訓練を指導するにも限界がある。

アイロンの電源を切って様子を窺う。言葉に詰まった様子の炎司は低い声で「部屋に戻っていろ」とだけ言っていた。燈矢が部屋に戻ったのを確認し、炎司はドスドスと足音を響かせながら屋敷の奥へと向かっていく。あちらは冷と焦凍がいる寝室だ。

炎司は応利が訓練を見ていたことを知らない。燈矢が秘密裏に訓練をしていた責を冷に問うつもりかもしれなかった。
応利は慌てて化粧部屋を出て廊下を走る。

そして間一髪、寝室に入り冷に手を挙げた炎司の前に飛び出した。直後、頬に鋭い痛みが走る。乾いた音が室内に響き、じんじんとした熱い痛みが頬を焼く。


「何の真似だ!!」

「こっちのセリフだろ!あんた妻や子供を何だと思ってんだよ!!」

「やめてあなた!」

「お父さんやめて!!お母さんたちにひどいことしないで!!」


怒鳴る炎司に怒鳴り返すと、冷は動揺して止めに入り、焦凍は泣きながら冷を殴ろうとした炎司を遠ざけようとする。


「お前に関係ないだろう!!焦凍は離れていろ!!」


炎司は応利を突き飛ばす。さすがに本気のそれではなかったため、吹っ飛ばされるようなものではなかったが、よろめいて体勢を整える。そのころには、炎司は冷の胸倉を掴んでいた。


「冷!なぜ止めなかった!燈矢を見ていろと言ったはずだ!!なぜ個性訓練を続けさせていた!!」

「…私じゃ止められない……!」


冷の目には怯えがあったが、それは今の炎司の剣幕へのものではないように見えた。すぐそこに迫る、どうしようもない絶望への恐怖、そういったものに近い。
都合の良い子供が生まれるまで出産させられた彼女の尊厳や、子供を隔離しなければならない母親としての葛藤は、いったいどれだけ冷のことを苦しめているのだろうか。


「エンデヴァーさんやめてあげてください!俺だってあの子の訓練をあなたに黙って見てた、同罪どころか俺の方にこそ非があります!」


応利は冷の胸倉を掴み続ける炎司の手を引きはがしながらそう述べた。炎司は手を離すと、こちらをぎろりと凄まじい表情で睨みつける。


「お前も燈矢の訓練を知っていたのか!?」

「寄り添うことを認めたのはあなたでしょう!!」


冷を引きはがしながらわずかに離れさせるために、屈強な体を押し返そうと踏ん張っていたものが、いつの間にか縋るようになっていた。いや、気持ちとしてはそちらの方が正しい。


「ヒーローである前に父親であり夫であるなら、家族のことを考えてください!父親や夫である前にヒーローであるなら、ヒーローとしてみんなのことを助けてあげてください!お願いです、あなたにしかできないことなんです…!」

「そのために燈矢の個性使用を禁じて焦凍を隔離しているんだろう」


炎司の声は相変わらず低いが落ち着いてきている。せめて最低限、燈矢の安全を確保しなければならないため、応利は言葉を続ける。


「…いずれにしても燈矢君は早急に火力制御の訓練をさせる必要があります。あの温度で暴走すればただじゃ済まない。それだけでもやってあげてくれませんか」

「これまで勝手にコソコソやっていたようにお前がやれ!俺は見ない…!」


これが最後通牒だ、とばかりに炎司の声には怒気が満ちていた。ここが引き際だ。これ以上はもう、応利が何を言っても聞き入れてはもらえないだろう。応利と燈矢の接触まで禁じられてしまえば、燈矢がどうなるか分からない。


「…分かりました。差し出がましいことを言ってしまい申し訳ありません。失礼します」


応利は炎司から離れ、寝室を出ていく。廊下の明るさが白々しく、薄暗い寝室と対照的だった。
途中、冬美の部屋の襖が開いており、中で冬美が夏雄を抱きしめるようにして頭を抱えているのが見えた。炎司の怒鳴る声に怯えていたのだろう。


「…冬美ちゃん、夏雄君、おいで。一緒にいよっか」


二人は無言で頷いて、部屋を出てきて応利に抱き着く。二人がそれぞれ左右に分かれて応利に抱き着きながら一緒に歩き出した。
こんなことしかできない自分の無力さに泣きたくなったが、泣きたいのは冷や子供たちだ。ぐっと堪え、応利はただ、二人の肩を抱いてあげることしかできなかった。


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