それは地獄のような−9


翌日、学校を終えて轟家に帰ってくると、冷も家政婦もいなかった。
居間には小学校から帰ってきていた冬美と夏雄が誰もいないことに訝しんでおり、燈矢は子供部屋で課題をやっている。応利も何も聞いていないため、とりあえず客間で自身の課題を先に終わらせてしまうことにした。

少しして、玄関が開く音が聞こえてきたため、応利はすぐ玄関へ向かう。
どうやら家政婦が帰ってきたようだ。


「おかえりなさい、冷さんどうかされたんでしょうか」

「あぁ…それが、昼頃にその…」


家政婦は応利を見て言いよどむ。近くに子供たちの気配がないことを確かめてから、小声で続けた。


「…奥様が、焦凍さんにヤカンの熱湯をかけてしまったんです。応急処置はしましたが、かなりひどく救急車で搬送されまして…それで、入院を」

「では冷さんは焦凍君の付き添いですかね」

「いえ、それが、旦那様が奥様のことも入院させられまして。焦凍さんは治療のため1週間ほどの入院ですが、奥様は期限を設けずに入院しています」

「それは…心療内科での入院、ということですよね」

「はい、そうなります。お二人のお着替えなどを持って行ったところです」


ヤカンのお湯をかけた、というのは、つまり事故ではなかったということだ。言いづらそうにしている家政婦の様子や、心療内科での入院ということからも、昨晩のことを受けて追い詰められた冷が、焦凍についお湯をかけてしまった、ということなのだろう。
火傷で入院1週間となるとかなり重度の熱傷だ。跡に残ってしまうかもしれない。


「エンデヴァーさんは、病院から事務所に戻った感じですよね」

「はい。子供たちの説明は、その、応利さんからやらせるように、と」

「…そうですか。分かりました、俺から説明しておきます」

「お願いします」


家政婦は家事を行うため台所へと向かい、応利はまず燈矢がいる子供部屋に向かう。

襖越しに居間へ来るよう頼むと、すぐに燈矢は応じて出てきた。
そのまま二人で居間に入り、燈矢を夏雄・冬美の近くに座らせる。


「3人に大事な話がある。落ち着いて聞いてくれ」


座卓を囲むように座る3人と目線を合わせるため、向かい合うように応利も腰を下ろす。いつもと違う雰囲気に、冬美と夏雄は不安そうにしていた。


「お母さんが、焦凍君に沸騰したお湯をかけちゃったみたいなんだ。それで、焦凍君は入院することになった。お母さんも、具合が悪くてしばらく入院する」

「え…お母さんも…?」

「大丈夫なの…?」


すぐに不安を募らせる二人に、応利は二人の手を握って微笑む。


「大丈夫、焦凍君は命に関わる状態じゃないし、お母さんも怪我や病気じゃないから。落ち着いたらお見舞いに行こう」


こくりと頷いた二人だったが、昨日の今日ということもあり、かなり動揺している。
しかし燈矢の方を見ると、凪いだ表情でなんの感情も見受けられなかった。不気味なほど静かで、なんと声をかけようか迷ったが、特別なことは言わないことにした。


「燈矢君、今日はここで宿題やらない?せっかくだし俺がみんなの勉強を見てあげよう」

「…いいよ、持ってくる。夏君も」

「うん…」


燈矢は優しく夏雄を促す。冬美も自室にあるランドセルから宿題を取りに行くため立ち上がる。普段はそれぞれの子供部屋でやっていることだが、ここでやることにみんな自然と同意していた。

3人が出ていき、応利はため息をつく。なぜあの子たちがこんな目に遭わなければならないのか、と理不尽な状況に怒りも沸く。だがそれ以上に、燈矢の表情が気になった。
燈矢はきっと、冷が焦凍にお湯をかけたことが事故ではないと察している。それでもなお何も感情を見せなかったことで、燈矢の心が今どうなっているのか分からなかった。


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