人生のともしび−1


1月末、ついに燈矢が正式に応利の家へ引っ越すことになった。
もともとその前提で選んだ家であり、ここのところは週に3回のペースでこの家に来ていたこともあり、引っ越し自体はかなりスムーズだ。

相当の私物がすでに持ち込まれていたため、車1台で済むような量での引っ越しとなる。

燈矢が片づけをしている最中、応利は冬美と台所の壁にかけられたカレンダーの前で軽く予定を合わせる。


「2月くらいまでは試験とかあるよな?」

「うん、でも朝から大学に行かなきゃいけない日はかなり限られてるよ」


冬美の教職課程の単位はもうかなり落ち着いてきており、平日朝の時間的余裕も随分多くなってきた。そのため、平日朝の食事も冬美がメインとなり、いよいよ応利はサポートとなる。

基本的には、冬美が予定の入っているタイミングを月ごとに確認し、そこだけは応利が食事を作りに行く。朝食、昼食、夕食のいずれかを問わず、とにかくタイミングを示し合わせる形だ。
また、実習でまとまった時間を不在とする期間は、がっつり応利が家事を行うことになっている。

買い物についても、基本的には冬美が燈矢を連れ出して行うことになるが、こちらもタイミングが合えば応利が行うこともあるだろう。


「燈矢を足として使うのはもちろん、俺のことも、ヒーローのこととか気にせずに頼ってくれ。作り置きとかでも対応できるし」

「でも二人とも忙しそうだし…」

「夏雄と焦凍の受験が近いしな。特に夏雄に負担かけさせたくねぇから、そういう意味でちゃんと頼ってくれ」


冬美のためだけではない。よく周りを見て、自分のことより優先しようとしてしまう優しい夏雄が遠慮しなくて済むように、しっかりと応利や燈矢のことを使ってほしい。
冬美も応利の言葉に頷いて了承するが、小さく笑う。


「ふふ、なんか応利君、父親感増したね」

「なっ、俺はまだそういう年齢じゃないだろ…!?」

「年齢じゃなくて貫禄とかの話だよ」


軽く笑う冬美だが、まさか兄貴感ではなく父親感と言われるとは。ちょっとショックを受けていると燈矢がちょうどやってくる。


「父親感つか母親感だろ。俺の嫁だしな」

「も〜、燈矢兄それ言いに来たでしょ〜?」

「あーくだらね」


ドヤ顔で言う燈矢に、応利は大げさにため息をつく。こんな会話も、全員が大人になった故のものだ。



そうやって轟家の世話をしている応利だが、実はこれは無償のボランティアなどではなく、きちんと炎司から報酬が支払われている。
家政婦がいるときからすでに、手付金のように支払われていたが、家政婦が引退して応利の本格的な家事が始まってからは、正当な報酬という形式になっていた。毎月の金額はかなりものであり、ほぼ副業のそれだ。

いよいよ冬美がメインとなり応利はサポートという立ち位置になることから、減額を申し出ようと、応利は夜に炎司の部屋を訪れた。


「エンデヴァーさん、今よろしいですか」

「入れ」


襖を開けて炎司の部屋に入ると、炎司は読んでいた本を畳に置く。


「どうかしたか」

「あの、お手伝いさんがいなくなってから頂戴している家事支援金についてなんですが、冬美にメインを交代するので、減額いただこうと思いまして」

「そうは言っても引き続き支援には入るんだろう。冬美も教育実習がある、それなりの頻度になるはずだ」

「それなりはそれなりであって、毎日の定型業務ではないので…」


炎司は「相変わらず律儀なヤツだな」と言ってからスマホをちらりと確認する。通帳を見ているのだろう。しかしすぐに置いてしまった。


「いや、減額は不要だ。回数が減っても、そもそもプロヒーローとして確たる実績のあるお前であれば、単価が上がっているだろう」

「そう、ですか」


釈然としないが、炎司はもうそれで結論、という様子なので、応利は引き下がる。炎司にもメンツというものがある、あまりここでいろいろ言っても詮無いことだ。

一方、炎司はまだ話自体はあるようで、じっとこちらを見上げた。


「それよりも、ついでに話がある。焦凍がここのところずっと、半燃の個性を使わないようにしているんだが、聞いているか」


どうやら焦凍のことで炎司も話があったらしい。
ここのところ、焦凍はあまり炎司との訓練をしておらず、食事も一緒にしない回数がどんどん増えている。忙しい炎司を避けることはあまりに簡単で、焦凍は巧みにタイミングをずらして生活しているようだった。


「ヒーローを目指していることには変わりないようだが、俺からはっきり距離を取っている。氷結の個性だけでやっていける世界ではないというに…」

「中学からは左、つまり炎熱の個性は使わないようにすると聞いています。お気づきかと思いますが、今の焦凍の原動力は、あなたの否定です。冷さんの個性だけでプロになるという覚悟なんでしょう」


焦凍の気持ちはよく分かる。一方で、炎司の言う通り、氷結だけでやっていける世界ではない。


「お前から説得できないか」

「できたらいいんですが…焦凍君のあなたへの憎悪の根底にあるのは奥様とのことです、俺にはどうしようもないし誰にも説得はできないでしょう」


応利は、焦凍と冷、炎司が抱えていた問題に立ち会うことがなかった。燈矢のことだけで精一杯だったし、そこまで立ち入るには、時間がなさすぎた。


「それに、燈矢は年齢が近かったからうまくいったけど、俺と彼とでは年齢が離れすぎて、俺は「ただの大人」でしかない。同年代の子たちとの切磋琢磨や衝突で変わってくれたらいいんですけど」


燈矢とは、単にいろいろな条件が重なっていただけだった。きっと、応利の言葉は十分には焦凍に届かない。
焦凍に必要なのは、正面からぶつかり、焦凍の感情を等身大に受け止めてくれる、対等な誰かだ。対等でいられない応利には難しい。

炎司は応利がしっかり考えたうえで無理だと判断していると理解したようで、食い下がることはなかった。頷いて、「止めて悪かった」とだけ述べた。

焦凍はこの春中学2年に上がる。せめて雄英高校に入って、きっかけを掴んでくれたらと願うばかりだった。


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