それは地獄のような−13
数日後、応利は燈矢より一日早く退院した。
あの日着ていたコートと私服は燃えてしまっていたため、家政婦に持ってきてもらった別の服での帰宅となる。
轟家に戻り、いったんコートだけ自室に置いてから、退院の挨拶のため道場へ向かう。家政婦からは、今は道場にいると聞いていた。
そうして扉を開いて中に入ると、そこには、まだ包帯の取れていない焦凍が吐きながら床に蹲り、そのそばに炎司が立っていた。
「な…っ、ちょ、退院してすぐ何してるんですか!?」
応利は慌てて焦凍に駆け寄り抱き寄せる。こうするのは二回目であり、焦凍はうつろな目で応利に抱き着く。軽いものとはいえ手術をしており、しかも顔に大きな火傷の跡が残ってしまうと聞いている。それなのに、過酷な訓練を今もなお課していた。
「体の怪我だけじゃない、あんなことがあって心も傷ついてるのに、なんでこんな…っ!」
「どけ応利。燈矢のようなことがあっては遅い。個性の訓練をせねばならん」
「同じようなことがあったら止めに入るって言いましたよね」
まだ火傷跡が痛く発熱しているのだろう、苦しそうな様子が痛ましい。小さな子供がこれだけ苦しんでいるのに何も思わないのだろうか。それが普通の人間の感性だろうか。
何を考えているのかと炎司を見上げると、その表情には鬼気迫るものがあった。焦りだろう。燈矢がともすれば命を落としていた事態や、冷が入院するような状況に、炎司も動揺がなかったわけではないようだ。
だがたとえそうであったとしても、これは許されることではない。
「邪魔をするならインターンは終了させるぞ」
さらに炎司はインターンのことまで出してくる。これまでなんだかんだ、そのような脅し方はしてこなかった。やはり、炎司の精神状態は平時のそれではない。
それでも、応利は毅然と立ち上がる。
「今はヒーローでも学生でもなく一人の人間としてここにいます。そして、あなたのこともヒーローでも父親でもなく一人の人間として見ます。だから、あなたの思いを否定しませんが、燈矢や焦凍の尊厳を守ることも否定させません」
ここでしっかりと、応利の意志と覚悟を示すべきだ。そして、明確に線引きをしておかなければならない。応利が子供たちに寄り添うためには、炎司との適切な関係性が必要だ。炎司のすべてを否定するつもりはない。守るべきラインを明確にしておきたかった。
「この家で起きていることを児相に通報しても、キャリアがなくなるあなたと引く手あまたの俺では、あなたは決して有利じゃない」
「俺を脅すつもりか」
「家の中であなたと俺の立場は、フラットとまでは言いませんが、事務所でのそれとは別です。あなたが見ないと決めた子供たちに寄り添うし、焦凍を定期的にここから連れ出して休ませます。でも、あなたの育児の方針には口を出しません、ここはあなたの家ですから。ただ、度が過ぎる場合、俺はいつでも外部に助けを求める用意があります。インターンがなくなっても構いません」
目を見据えて言えば、炎司の怒気は収まり、少し怪訝にする。
「…なぜそこまでする」
「そこまでしようと思うから、ヒーロー目指してるんでしょう」
そんな炎司の問いかけには、応利はシンプルに答えた。偽りのない本心だ。
確かに、この家で起きていることは応利には関係がないし、ヒーローを目指す道のりにも必要のないものだ。だがなんであれ、助けを求めている人がいて自分にそれができるなら、助けないという選択肢はないのだ。
「…いずれにせよ、焦凍だけでなく燈矢も、個性の制御方法を学ぶためにも雄英に行かせるべきです。どうかまずはそれだけでも認めてやってもらえませんか」
「……勝手にしろ。あいつを見ないと決めたのは俺だ、口は出さん。救急キットは化粧部屋にある」
「ありがとうございます」
ようやく、炎司は応利の主張を認めてくれた。これでようやく、燈矢を雄英に行かせることと、焦凍のことで介入することを許してもらえた。これを許したこと自体、炎司も子供たちを心配に思う気持ちがあってのことだろう。それが形になって表れない以上、ないのと一緒ではあるのだが。
なんであれ、これでようやく、燈矢は次の一歩を踏み出せる。この事件を受けてもなお、ヒーローを目指す意思があるのかどうかは分からない。
それでも、選択肢があることそれ自体が、燈矢にとっては大切なことだった。