新たな日常−1
冷が焦凍に火傷を負わせ自身も入院することになり、燈矢が火災事故に遭って怪我を負い、炎司と燈矢が決別した1月が終わり、2月になった。
立て続けに轟家に起きた出来事は、特に冬美と夏雄を不安定にさせており、意識的に応利がそばについて構ってやるなどしているものの、やはり早めに冷に会わせる必要があった。
そんな中、入院してから1カ月ほどが経過し冷の様子も落ち着いてきたため、病院から正式に、家族の面会が可能だと案内が来た。もちろん、炎司と焦凍は含まれていない。
病院との主な窓口は家政婦であり、家庭内での調整は応利が行うことになっている。冷のことに、あまり炎司の意向を反映させない方がいいと病院も応利たちも考えていたし、炎司もそのつもりのようだった。
燈矢は長男とはいえこれから中学2年に上がるような年齢であり、自然とその役目は応利が担うことになる。
病院からの連絡を受け取った家政婦から相談され、応利はまず、自分が冷と面会して様子を見ることにした。万が一にもあまりに不安定な様子であれば、冬美たちには見せられない。
まだ寒い2月中旬の土曜日、応利は自分もお世話になった大きな病院にやってきて、冷と面会の場を持った。
看護師に連れられ、心療内科の入院病棟に入り、個室に案内される。
「轟さん、圧気応利君がお越しですよ」
「はい、大丈夫です」
中から了承があったため看護師が扉を開ける。中に入ると、ベッドに腰かける冷の姿があった。最後に見たときよりも、いくらか健康そうに見える。家政婦の話では、食欲などは回復しており、体調は順調らしい。
看護師が出ていき、応利はベッド近くの椅子に腰かける。
「お久しぶりです、調子はどうですか」
「おかげさまで。お手伝いさんから話は聞いているわ。子供たちのこと、ありがとう」
「俺こそお世話になってる身ですから」
声の様子も落ち着いている。やはり心身ともに、安定してきてはいるようだ。
だが、表情は暗い。目元も落ちくぼんでいるように見え、やつれていることには変わりなかった。長年に渡る強烈なストレスとプレッシャー、罪悪感の中で擦り切れ、ぷつりと切れてしまった心の糸は、簡単には結びなおせない。
冷はベッドの上で居住まいを正すと、こちらに向けて深々と頭を下げた。
「燈矢のこと、助けてくれて本当にありがとう。そして怪我をさせてしまってごめんなさい。火傷の跡が残ってしまったと聞いて、応利君や親御様になんとお詫び申し上げればいいのか…。けれど、あなたがいなければ、あの子は今頃…!」
冷の声が震える。傷を残してしまった罪悪感と燈矢が助かったことの安堵、感謝、そしてともすれば燈矢が命を落としていたことへの恐怖。そういったものが混ざり合っているようだ。
「ヒーロー科にいる以上、怪我は避けられないし跡だって残ります。このくらい大したことでも特別なことでもありません。どうか頭を上げてください、謝る必要はない、とまでは俺の立場では言えないですけど、少なくとも気に病む必要はないです」
応利の言葉でようやく頭を上げ、目元を拭う。燈矢が死にかけたと聞いて、いったいどれだけ怖かったことだろう。焦凍の顔に消えない火傷を負わせ、燈矢と応利にも跡が残ることになり、責任を感じているかもしれない。
応利は話を変えるべく、子供たちの話題を出す。
「子供たちはみんな元気ですよ。燈矢君は、個性の制御のためにも雄英に行くことをエンデヴァーさんが許可してくれたので、勉強と訓練を続けています。冬美ちゃんと夏雄君も元気に遊んでいるし、焦凍君についても俺が定期的にエンデヴァーさんの訓練から連れ出しています」
「本当に、何から何までありがとう…!本当は母親である私がするべきことなのに、あの子たちの近くについていてやれなくて…あの子たちにも申し訳がない…!」
タオルを目元に押し当てる冷に、なんと言ったものかと言葉に迷う。相手は大人で、応利は高校生だ。
だが、それ以前に、応利はヒーローを目指す雄英高校ヒーロー科だ。
「…あなたが受けた心の傷と、あなたが子供たちに果たせない責任は別です。子供たちへの罪悪感は、あなたが傷ついた事実を相殺したりしません」
誰かの助けになりたくてこの道を進んでいる。そして、目の前に助けを求める人がいる。その助けは、ヒーローとして与えられるものではないが、この道にいる者だからこそ言えることはあった。
「まずは自分を助けてあげてください。自分より他人を先に助けるのはヒーローの仕事です。冷さんは、ご自身を先に助けないといけないんだと思います」
冷はヒーローの妻であってヒーローではない。母として子供を守るべき存在であっても、自身が負った傷は、それはそれとして癒されなければならないものだ。
涙ながらに頷いた冷に、炎司はこの姿を見てどう思うのだろう、と内心考える。何も思わない人ではないが、きっと、自分が接触しないことが最適解だと考えるのだろうと思った。
ただ寄り添う、それだけでも大きな力があるのだと、あの男は知らないし、知っていてもできないのだろう。