新たな日常−3
冬美の卒業式から数日後の夜、応利は家政婦より、炎司が出張で不在にすると連絡を受けた。インターンの方は変わらず事務所でSKとともにやらせてもらえるが、家には数日帰ってこないらしい。
それ自体はどうでもよかったが、ふと、焦凍のことが気になった。
普段、隔離されている焦凍は炎司と夕食を取っており、冷は燈矢たちとの食事と焦凍との食事とを交代で食卓についていた。
冷が入院し、炎司も出張となると、今晩は焦凍が1人になってしまう。
いっそのこと焦凍も燈矢たちと一緒の食卓にさせるか、とも思ったが、さすがにそこまで勝手にするのはまずい。応利はこの家の一員ではないのだ、超えてはいけないラインというのがある。たとえ、一方的に巻き込まれた状況だとしても、巻き込まれることを決めたのは応利であり、それならば己の領分ではない部分に対してきちんと考えなければならない。
応利は台所にいた家政婦に、今晩は焦凍と食べることを伝えてからいったん自室に戻る。その途中、子供部屋から燈矢が出てきた。
「あ、燈矢」
「うん?」
「今日は焦凍と晩飯食うことにした。エンデヴァーさんがいないときは焦凍が1人になるから」
何も言わないというのも、ということで一応燈矢にも言っておく。ただの共有のつもりで言ったことだったが、燈矢は少しむすっとした。
「ふーん、俺たちは子供だけでいいんだ」
「いや俺も一応子供枠なんだけどな?」
呆れて言えば、燈矢も軽いノリだったのかすぐに表情を戻す。そして「確かにな」と頷いた。
「てか応利もまだ高2なのに、よくそんな気を回せるよな。高校生ってそこまでできるもん?あと5年で応利みたいになるイメージつかねー」
「まぁ、クラスでもわりと気を遣う方ではあるな。それに、俺は正直基本的に人よりいろいろできるから、小学校でも中学校でも周りに気を遣わないとすぐ浮いちゃうってのもあったな。雄英ではそういうのはねぇけど」
実際、応利はずっと優秀だった。小学校でも中学校でも常に周りよりなんでもできたため、気を遣わないと孤立してしまう恐れがあった。それが嫌で人当たり良く過ごすため、わりと周囲のことに気を配ってきた。
それを聞いて燈矢は肩をすくめた。
「よくやるよな、俺はあんな低レベルな奴らとはつるんでらんねーもん」
「敵作ってもいいことねぇぞ」
「全員倒すからいい」
「はいはい。とりあえず伝えたからな、飯んとき冬美たちにも言ってやってくれ」
「分かった」
相変わらずな燈矢に呆れつつ、応利は自室に戻る。大量の課題を終わらせつつインターンのレポートも作成しなければならないため、基本的に家でも応利は忙しいのだ。
それにしても、と応利はトイレに向かっていった燈矢をちらりと振り返る。
あの一件以来、吹っ切れたようで燈矢の表情はすっきりしている。一方、口や態度は確実に悪くなりつつあり、特に学校ではひどいらしい。今の言葉からも分かるが、かなり周囲を見下してろくにコミュニケーションを取っていないそうだ。
家族、特に冬美や夏雄にはまだ物腰柔らかな態度を取っているが、どんどん口調は乱れてきていた。それ自体は特に悪いことでもなんでもないし、応利も決して口が良いわけではないが、燈矢の言葉のチョイスは鋭利であるため、クラスメイトとの衝突は多いのではないだろうか。
そのあたりは燈矢の自由であるため、応利は口を出したりはしない。その意味でも、雄英に入って切磋琢磨できる仲間と出会ってほしいところだ。
それから1時間ほどして食事の支度が整い、応利はいつもの食卓があるダイニングではなく、奥のダイニングに向かった。普段、燈矢たちと食事をするときに使う食卓部屋は、座卓と座椅子がある和室だ。
一方、炎司と焦凍が食事をする食卓部屋はより小ぶりな座卓と座椅子がある和室だった。
部屋に入ると、家政婦が座卓に料理を並べている。座椅子に座って待っていた焦凍は、応利を見上げてキョトンとした。
「今日はお父さんいないから、俺と一緒に食べよう」
「…ん、」
焦凍は小さく頷く。どこか嬉しそうだった。
途中から家政婦を手伝って並べ終えると、焦凍の向かいに腰を下ろして一緒に食べ始める。
「今日は幼稚園で何したの?」
「…お団子」
「泥団子作ったんだ」
「ん」
もともとあまり口数が多くない子供だったが、最近は明らかに喋らなくなっていた。話し相手がいないからだとすれば、いくらそういう親の役目を担うべきでないとしても、実際にこの家でそれができるのは応利だけだ。
「綺麗に作れた?」
「…わかんない。今干してる」
「おっ、じゃあ明日は磨くのかな」
「ん」
男子のやることなど変わらない。微笑ましいエピソードだが、やはり自分から会話を掘り下げることは難しそうだ。聞かれたことに答える、という形での会話となってしまう。
とはいえ、焦凍はかなりマイペースな子だとも冷から聞いていたため、これは生来の気質かもしれない。
子供相手に会話を続けていくのは意外と難しく、頭を使う。難しい言葉を避けたり、難しいロジックの会話をしないようにしたり、というのは意識しないとできないことだ。
それでも応利はこういうことを続けていこうと思った。ただ話すだけなら応利にでもできる、親にしかできないことは応利にはできないのだから、できることだけでもやってあげたかった。