新たな日常−4
最低気温が少しずつ10度以上になる日も増え始めた3月後半の土曜日、冬美と夏雄を冷のお見舞いに連れていくことになった。あまり家政婦を本来の業務外のことに付き合わせるわけにはいかないため、応利が引率することになっている。
炎司はもちろん、燈矢と焦凍も冷の心の負担になる可能性が依然として高いため、まずは真ん中の二人だけとなる。二人だけを連れて行くことを燈矢は気にしておらず、焦凍にはさすがに言っていない。
休日診療の入り口から中に入り、面会として通してもらう。
清潔な病院の廊下を歩くにつれ、二人の口数は減っていった。ちなみに、冬美は中学校の制服を着ている。つい昨日届いたものであり、これを冷に見せるため今日の面会をすることになったのだ。
冷の部屋にやってくると、応利が扉を開ける。場所を知っている応利がいるため、看護師はついてきていない。
部屋に入れば、冷がベッドではなくシッティングスペースの椅子に座っていた。ベッドの上では具合が悪いように見えるからだろう。
「…久しぶりね、冬美、夏君」
「お母さん、体調はどう?」
「平気よ。それ、中学校の制服ね?似合ってる」
冬美がすぐに冷の近くに向かう。夏雄も遅れて近づくが、少し距離があった。応利は二人を優先しているため、もともと離れているが、夏雄の距離が気になる。
「昨日届いたの。セーラー服ってちょっと古臭いかなって思ったんだけど、わりと悪くないかも」
冬美は嬉しそうにスカートをひらめかせる。冷も目を細めてそれを見つめていたが、背後にいる夏雄に気づく。
「夏雄はどう?ちゃんとご飯食べてる?宿題もちゃんとやってる?」
「…うん、食べてるよ。宿題もやってる、応利君が見てくれてるから」
「夏、この前宿題やってないこと燈矢兄が応利君にバラして見張られてたもんね」
「べ、別に今言わなくいーじゃん!」
「ふふ、そうなの」
冬美はあえてこの話をしたのだろう。燈矢のことを不用意に話題に出すことはしない、それだけの気遣いができる子であり、この話をしたのは、3人が今まで通りの様子に戻っていることを示すためなのではないだろうか。
大人びた子であるのと同時に、中学に上がるということで、どこか垢抜けてきたようにも思う。
そうしてしばらく他愛ない話をして、そろそろ面会の終了時刻となったとき、冷は二人に改まって謝罪した。
「…二人ともごめんね、迷惑かけて。家のこと、お手伝いさんや応利君がいるとはいえ、お母さんがいてあげられなくて、ごめんなさい」
「気にしないでお母さん、大丈夫だから」
「早く元気になってね」
冬美と夏雄はそう返し、冷はやはり憂いのある笑みで頷く。
「応利君、これからも子供たちをよろしくお願いします」
「こちらこそ。じゃ、そろそろ時間だから帰ろうか」
応利は冬美と夏雄を連れて扉へと向かう。最後に二人が冷と挨拶を交わしてから、三人で廊下に出た。
そして病院を出て家への帰路につくと、応利の隣を歩いていた夏雄が突然、ぐす、と鼻をすすって目元を拭った。冷の姿を見て動揺していたからこそ距離があったのだろう。
その頭を撫でてやる。
「病気じゃないから大丈夫だよ」
「うん…っ」
「プリンでも買って帰ろっか」
「うん…!」
必死で涙を堪えようとしているのは気恥ずかしさからだろうが、それでもなお悲しいものは悲しいのか涙を流している。2年生の終わりであり、手をつなぐと嫌がるだろうか、と思って手を握るが、むしろ握り返された。
途中のケーキ屋でプリンを買ってから帰宅し、三人で食べ終わるころには、夏雄は少し気分を回復させており、「ゲームしてくる」と言って子供部屋に帰っていった。
食器を片付けようとすると、冬美も手伝ってくれたため、二人で使った食器を洗う。
すると、帰路から口数が減っていた冬美もぽつりと漏らした。
「…私が説得とかしてたら、こんなことにならなかったのかな」
沈んだ声には後悔が滲んでいた。自分にできることはなかったのか、このような状況にならない方法はあったのか、という後悔だ。
そんなことは誰にだってできなかったし、冬美も例外ではない。
「誰にもできなかったよ。仕方なかったんだ、起こるべくして起こったことだよ」
応利はそう言いながら、食器を洗った手を拭く。そして、ぽん、と冬美の頭を撫でた。
「俺の前でまでお姉ちゃんでいなくていいんだぞ」
「…っ、ふ、うっ、うん…っ!」
ついに、冬美も涙をこぼす。シンクに水滴が落ちていき、そっと応利に肩を寄せた。
こんなことになって、一番動揺しているのは冬美と夏雄だ。それでも冬美は、まだ小学2年の夏雄のため、もっとひどい目に遭っている焦凍のため、姉であろうとしていた。
姉であろうとするのはいいが、母の代わりをしようとしたら注意しなければならない。それはあまりに残酷だ。女の子だからといって、そんなことは許されない。
だからこそ応利は、まず自分の前でまで姉でいる必要はないと述べておいた。そこから牽制できれば、母の代わりをしてしまおうとするのも止められるだろう。
せめて子供として健全に成長して欲しいと願うのは応利のエゴかもしれないが、少なくともこの子たちが子供のままいられるように、応利は一足先に大人として振る舞わなければならないのだろう。