新たな日常−5
4月に入り、応利は高校3年生に、燈矢は中学2年生、冬美は中学1年生となった。
初日だけ燈矢と冬美は一緒に登校していたが、次の日からは冬美が先に出て燈矢はギリギリで出発している。友達作りが重要な時期であり、冬美はそのために早めに行っているのだろうが、燈矢は遅刻しない程度にゆっくりしていた。きっとクラスでも一人でいるのだろう。
応利はといえば、5月に迫る体育祭に向けてすでに準備に追われていた。3回目ともなれば、ヒーロー科の生徒たちの応利対策もレベルが段違いであり、これまでのようにストレート勝ちというのも難しそうな状況だ。
というか、もはや応利対他全員というようなレイド戦状態である。
かといってクラスで孤立しているというようなこともまったくない。ライバルであっても敵ではないからだ。特に、応利にとって苦手な範囲攻撃と敏捷性特化の個性を持つ相手については、仮免取得試験のときから切磋琢磨させてもらってきた。
どちらかといえば、応利がうっとうしく思っているのは、世間の目だった。
4月中旬、体育祭も迫ってきた春の日の夜、居間に隣接するリビングでテレビを見ていた燈矢がスマホを放り投げて何やら呻きだした。
居間で冬美に勉強を教えつつ夏雄の宿題の監督をしていた応利は、気になってリビングに入る。
襖を超えてリビングに入ると、畳にカーペットが敷かれソファが置かれている。ソファに面するテレビ台には大型テレビがあり、体育祭の特集をやっていた。最も盛り上がる3年生の部として、当然ながら応利が注目されていた。
それ自体は好意的な特集だったが、燈矢はぶすっとしている。
「どうした?」
「…応利はSNSで自分のエゴサとかすんの?」
「あー…しねぇけど、何を言いたいのかは分かった」
恐らく燈矢が言っているのは、SNSを中心にネット記事などで見られる応利への批判だ。強すぎる個性のせいで、この学年の体育祭は出来レースとなっておりつまらない、退屈だ、もっと正々堂々戦え、というような趣旨のものである。
そもそも忙しくてエゴサなどというものはしておらず、SNSも情報収集と友達付き合いくらいしか使っていない。ただ、そういう声があることは知っていたし、学校側がカウンセリングのようなものを提案してきたこともあった。そんなものは不要だと断っている。
「なーにが正々堂々戦えだよ、普通に正々堂々戦ってんだろ!応利は個性そのものじゃなくて、個性の使い方がすげーのに」
「…え、お前そういう風に思ってたんだ」
「だってそうじゃん!ただ気圧下げて気絶させるだけ、みてぇに見えてるヤツは何も分かってねぇ。個性を発動するためにどれだけの情報の認識と細かい判断が必要か、実況が隠してもちょっと考えれば分かるだろ」
「すげぇな。いや、普通は分からないもんだと思うぞ、さすがに」
応利は燈矢がそこまで見ていたことに驚きつつ感心した。
燈矢が言う通り、体育祭の実況解説は手の内を明かし過ぎてヴィランに有利にならないよう、意図的に抑えられることがある。応利の個性の運用についてもそうだ。
それでも燈矢は、中継映像だけでそこまで理解していた。
「…別に、世間が俺をどう評価してもいい。やるべきことは変わらねえし」
「俺が嫌なの!アカウントめっちゃ作って全員にレスバしようかな」
「やめとけ。てか、燈矢にそうやって言ってもらえるだけで十分だよ。SNSで何言われるより百倍元気出る」
正直、世間の評価や目は、プロになるために意識することはあっても一喜一憂はしない。SNSともなればなおさらだ。それでも、こうやって肯定してもらえることは純粋に嬉しい。
燈矢にそう伝えれば、燈矢は少し照れつつ「別に俺がムカつくだけだし」と言い訳をしていた。そういうところは可愛らしい。
するとそこに、廊下から炎司が現れた。
「応利、少しいいか」
「はい、今行きます」
応利はすぐに廊下へ向かう。燈矢は、炎司の方を見向きもしなかった。徹底的に存在を無視しているのだ。嫌そうな顔は露骨に表情に出ているが。
廊下に出て、炎司と少し歩いて子供たちのいる空間から離れる。
「どうしました?」
「焦凍が体育祭を兄たちと見に行きたいと駄々を捏ねている。説得しろ」
「はぁ…言うこと聞く理由がないんですけど…」
「ヒーローに興味を持つのはいいことだが、他の子らと行かせるわけにはいかん」
何かと思えば、どうやら焦凍は燈矢たちと体育祭を見に行きたいらしい。去年、燈矢たちは応利の試合を見に来ており、今年も来てくれることになっている。そこに加わりたいのだそうだ。
そもそも言うことを聞く道理がないのだが、困っている様子であり、焦凍がわりとたいそうな駄々をこねているのだろうと察する。珍しいことだ。
だが、応利としては了承してもいいのではと思った。
「燈矢の様子を見れば分かる通り、あいつはもう、あなたのことを見限っています。それに伴って、焦凍への関心もなくなっているみたいです。なので、多分、体育祭に一緒に行かせるくらいなら大丈夫だと思います。すぐに隔離をやめていい、とまでは判断しかねますけど、目的は観戦にあるということを考えても、別に問題ないと思いますね」
「…確かに、それは一理あるな。興味があるなら体育祭を見せて訓練のモチベーションにさせたいのは確かだ。だが俺は仕事で外せん。保護者は使用人しか務まらんから隔離することもできんしな…」
意外にも炎司はすぐに応利の意見に納得した。苛烈な男だが、炎司は別に唯我独尊という性格ではない。ヒーローとして合理性を重視し、使えるものは使うし利用できるものは利用する。応利がそうであるように。
「…分かった。ならば今回のみ許可する。焦凍が観戦したいのはお前の試合だ、来年以降は行きたいとは言わんだろう。腑抜けた結果を出すなよ」
「言われなくても分かってますよ」
そして炎司は、焦凍も燈矢たちの外出に付き合わせることを許可することにした。燈矢が炎司のことを完全に見限ったことと、個性事故で死にかけたからだろうか。心変わりというようなものでは決してないが、落ち着いたようには見えていた。