新たな日常−7
「…
せん断応力破壊」
それに対して、応利は地面に手を当てて直接個性を作用させた。
応力は、主に垂直応力とせん断応力の2種類がある。プリンを上からスプーンで押したとき、下に向かってスプーンが沈みこむときにスプーンを押し返そうとするように発生するのが垂直応力であり、プリンを変形させようとするのがせん断応力だ。
応利は、ステージを覆うコンクリートに強烈なせん断応力を発生させ、強化コンクリートであっても破壊されるような10MPa以上の力をかけた。コンクリート全体のせん断応力を同時に引き上げる形を取っているため、ステージ全体が一瞬で、かつ同時に破壊された。
バラバラにステージが砕けるが、個性の作用点は見つけられない。応力に中心は存在しない上にコンクリート全体を同時に個性の影響範囲に含めたためだ。
これによって、地中にいた相手は破壊されたステージによって応利から丸見えになる。
相手はすぐに地中へと再び潜りながら、同時にこちらへ土の柱を突き出してくる。
応利はそれをあえて避けない。避けるために応力を使えばこちらの居場所がバレる。
「
局所高気圧80,000hPa…っ!」
そこで、地面の応力ではなく気圧を用いた。地上の気圧は1,013hPaであり、1平方メートルあたり10トンの圧力となる。約80倍ともなれば800トンクラスであり、深海で受ける圧力が30〜50倍であることを考えるとそれを優に超え、海溝レベルとなる。それが局地的に、応利へ向かう土の柱を押しつぶす。
瞬時に地面に叩きつけられた土の柱に、応利はズキ、と頭痛を感じる。個性の反動は頭痛であり、このせいで応利は偏頭痛持ちだった。
そして応利は個性を解除する。直後、膨大な気圧をもたらしていた空気が周囲にあふれ出す。あくまで応利の個性はエネルギーの操作であって質量の操作ではないため、実際には気圧そのものではないとはいえ、密度が上がって大量の空気が集まっていたのは確かだ。個性の解除とともに、それは強風となって応利の体も瓦礫も吹き飛ばす。
その風に乗って離れた場所に着地した応利は、同時に、空気中に散らばったアスファルトの破片が地面に落下した瞬間、そこにかかる地面の応力を引きあげる。
普段よりも深い位置から極端に強い垂直応力を発生させれば、破片が落下した位置の地面が破裂し、大量の土が周囲の土砂を巻き込んで吹き上げる。まるで土の間欠泉だ。
それに巻き込まれ、相手が空気中に投げ出された。
「うおわぁああ?!」
「
局所低気圧350hPa」
気圧の操作は文字通り呼吸のように行える。一瞬で発動したため、相手の生徒は標高8,000メートルと同じくらいの気圧にさらされ、気を失う。すぐ個性を解除し恒常的にその気圧にさらされるわけではないことから後遺症などは残らないが、あまり人に頻繁に使っていい気圧ではない。リカバリーガールがいるからこその技である。
『勝負あり!勝者、圧気応利!!』
途端にわっと歓声が沸き上がる。張りつめていた気を緩め、緊張をほぐすように息を吐き出した。
なんとか今年も優勝できた。やはり危うい場面が何度もあった大変な戦いの連続だったが、応利のこれまでの努力はひとつの形に結実したのだ。
相手が目を覚ましたため、近くにいって手を差し出す。合宿でもよく相手をした仲であるため、相手も応利の手を取って立ち上がった。
「くっそー、また勝てなかったか」
「ここが体育祭のステージだからって感じだけどな。町中とかじゃこんな個性の使い方できねぇし」
「絶対敵にしたくないヒーローだな。ま、とにかくおめでと」
「ありがと、決勝戦で戦えてよかった」
握手をして離れ、いったん控室に戻るべく、ステージを降りる。
戻ろうとする前にふと客席を見上げると、一般席の一番下の柵に轟家の子供たちがいた。家政婦が焦凍を抱え、燈矢、冬美、夏雄がこちらに手を振っている。興奮した様子に、応利は微笑んで手を振り返した。
すると、周囲にした女性たちがなぜか黄色い悲鳴を上げる。別に広く客席に向けて手を振ったわけではないのだが、危険を避けるために客席はかなり高い位置にあり、燈矢たちが見えていなかったのかもしれない。というか、そもそもアイドルでもないのにこんな歓声を上げられるのも意味が分からなかった。