新たな日常−9
5月中旬、中学校や高校の中間試験の時期がやってきた。
応利はもちろんのこと、燈矢と冬美も対象であり、特に冬美はこれが初めての定期考査となる。
燈矢が雄英に行けるようにするには、内申点も重要な要素だ。
そこで応利は自分の勉強をする傍ら、燈矢と冬美の試験対策にもたまに付き合うことにした。燈矢はわりと自分でちゃんと勉強できるタイプであるため、ずっと応利がついていてやる必要はないが、だからこそ、燈矢が躓く場所はかなり難しいところだったりする。
冬美も真面目な性格であるため、普段から授業をきちんと受けているものの、やはりこれが初めての定期考査ということで、勉強の仕方それ自体を学ぶところから必要だった。
そのため、居間に集まって、燈矢と冬美が並んで勉強する向かいに応利も座って勉強しつつ、二人から質問があれば答えていた。
夏雄は友達と遊びに行っており、焦凍はまだ幼稚園にいる。
少しして、冬美の集中力が切れ始めたのが分かった。初めての定期考査のため気合が入りすぎている。燈矢はもう少し集中できそうだったが、こちらはこちらで、一度集中するとずっとやり続けてしまう癖があった。
「…よし、そろそろ休憩にしよう。ずっとやってても効率落ちるからな」
「はーい…あー、疲れた」
冬美は畳にごろんと横になる。燈矢も小さく息をついてシャーペンを置いた。
応利は立ち上がり台所に向かい、二人にはジュース、自分にはカフェラテを入れて戻った。
ジュースを二人に渡すと、冬美は喜んだが燈矢はむっとした。
「応利だけずるい、俺もコーヒーがいい」
「じゃあ交換するか?俺はどっちでも良かったし」
「子供扱いすんなよな、俺は他のガキっぽいやつらとは違うんだ」
そう言いつつ応利とグラスを交換する。ジュース=子供扱いの式が成立しているならすでに子供っぽいのだが、それを指摘すると機嫌を損ねるので黙っておく。
それにしても、やはり周囲を見下す姿勢は健在だ。
「なんだ、またクラスメイトのことバカにしてんのか」
「だって事実そうじゃん。エンデヴァーのことすごいヒーローだと思ってるような馬鹿どもだし。雄英目指すのに学校のやつらは教師含めて邪魔でしかねーんだよな」
どうやら、燈矢の父親がエンデヴァーであることを知っているため、燈矢に対してエンデヴァーを褒めることを言って不愉快にさせたようだ。教師も生徒も、燈矢におもねるようなことを言ってしまい、それが嫌なのだろう。
それを聞いて冬美が起き上がる。
「こんなんだけど、燈矢兄は学校でめっちゃモテてるんだよね、なぜか。噂だけど、ひそかに恋してる人が多いって」
恋バナを好むのも女子らしくて可愛らしい。ヒーロー科ではそういう浮いた話はまったくないため、中高生の年相応のものを見ると微笑ましかった。
一方、燈矢は冬美の言葉にため息をつく。
「なんか、女ってほんと頭悪いよな」
「ちょっと何それ」
燈矢の言葉に、温厚な冬美もさすがに眉根を寄せたが、それ以上に怒りが滲んだのは応利だった。燈矢はもう中学2年、大人が子供に叱るようなそれでは意味がないし、応利の年齢でそれは難しい。そのため、理詰めで行くことにした。
「少ない情報から一般化するのはバカのすることだぞ。頭悪いヤツほど主語がでかくなるんだ」
そう応利が述べると、一瞬燈矢は虚を突かれたようにしてから、不快そうに顔をゆがめた。
「は?俺のこと馬鹿にしてんのか?」
明確に応利に対して反発している。だが、それを見て応利は内心で安心した。反発しても大丈夫な相手だと思える、というのは、相手に対して信頼がないとできないことだ。燈矢にとって自分がそういう存在になれているようで安心できた。
「お前をバカだとは思ってないけど今まさにバカにしてはいるな。悔しかったら、常に思考しな。自分が正しいのか常に疑うんだよ。我思う故に我あり、ってのはそういうことだ」
言い返すには知識が足りない。燈矢はそれを理解して黙る。
「関係のない属性をもとに相手を軽んじることを差別という。口が悪いとかは気にしないけど、俺はそういうのだけは許さねぇぞ」
さらに淡々と言葉をつづけた応利に、燈矢は悔しそうに顔をそむけた。反論のしようがない言い方をしている自覚はある。別に応利は大人のように子供を反発させて成長を促すようなことをしているのではない。
燈矢にきちんと、超えてはいけないラインを理解させるために話している。大人としての教育ではなく、先輩としての指導、という方が近いだろう。
そのため、フォローも入れる。
「燈矢には、父親に何言われても自分の力で強くなってきた頭の良さとセンスがある。これで思慮深くなったら超強いじゃん?」
燈矢は依然としてむすっとしてはいたが、不機嫌ではなくなった。応利の言いたいこと、伝えたいことを理解したのだろう。
大人が子供を叱るように言ったのではなく、冬美など身近な人を傷つけてはいけないという許されないラインを伝えているのだと、燈矢は理解してくれた。応利の意図が人を傷つけさせないためだと分かっているから、燈矢は受け入れたのだ。それはひとえに、ヒーローとして応利が結果を出しているからだろう。
結局、言葉はそのものよりも、誰が言ったか、という方が重要だ。
ちゃんと受け入れてくれたため、燈矢は「…ごめん、冬美ちゃん」と一言謝ってくれた。こういうところは、本質的に優しい子なのだと分かる。
親のように振る舞うわけではなくとも、言うべきことは言う。そういう距離感を、応利と燈矢は互いに培うことができつつあった。