新たな日常−10
6月となり、季節はぐずついた梅雨へと変わった。
雨のときは山の沢も流れが速くなり危険であるため、炎司と焦凍が使っていないタイミングに限り、道場で燈矢との訓練を行っている。
もともと、この道場は応利にも使用許可が出ており、家にいる間のトレーニングで使わせてもらっていた。やはり材質が個性使用を前提にしているだけあり、木造建築のように見えてもコーティングや建物の基礎などは高度な技術が用いられている。
燈矢だけでなく、冬美たちほかの子供たちとの距離も縮まり、すっかり他人行儀さはなくなっているが、6月中旬のある日、夏雄から驚きの頼み事をされた。
「…え、俺が授業参観?」
「うん。いつもはお母さんが見に来てくれてたんだけど、今は難しいから」
廊下を歩いているときに声を掛けられ、プリントを渡されながら頼まれたのが、夏雄の授業参観を見に行くことだった。
この7月で9歳になる夏雄はまだ小学3年生、同年代の子に比べると少し大人びている方だが、それでもまだ幼い子供だ。
「担任の先生も、なるべく誰か家の人に見に来てほしいって。お父さんじゃなくてもいいからって」
「あー…なるほど、分かった」
恐らく学校側としては、轟家の状況を直接確認したいのだろう。
だが轟家は地元の名士、エンデヴァーはヒーローとして名をはせており、もとより忙しい身である上に苛烈な性格で知られている。母親が心療内科で入院していることは学校側も把握しているため、今この家がどうなっているのか直接確かめたいものの、容易に呼び出すこともできないのだと察した。だから、家族でなくも良いとまで述べたのだ。
夏雄自身も、応利に見に来てほしそうにしている。もしかしたら、冬美の卒業式で姿を見せたことで応利が轟家にいる話が広まっているのかもしれない。保護者のネットワークは凄まじい情報の速さをしている。
「エンデヴァーさんに言って、その日のインターンは休ませてもらうようにする。なんか見に来てほしい授業とか、逆に来てほしくない授業とかある?」
「やった!ありがとう!いつでも大丈夫だよ」
「ん。楽しみにしてるな」
そう言って夏雄の頭を撫でてやってから、プリントをもって炎司の部屋に向かう。ちょうど雑用があった。
いつも通り声をかけて、室内から出てきた炎司にインターン関係の話をしてから、最後に夏雄の件を話す。
「最後に、夏雄から授業参観に来てほしいとお願いされました。学校側も、家の状況を知りたいらしく、担任から保護者でなくてもいいと言われているそうです。夏雄自身も来てほしそうにしてたんで、次の土曜日の午前はインターン休んで授業参観に行ってきてもよいでしょうか」
「そうか。余計な話はするなよ」
「しなくて済むようにエンデヴァーさんも気を付けてくださいね」
相変わらずのため呆れて言えば、炎司はむすっとしつつも話は終わりだと理解して部屋に戻った。応利の生意気に怒らないだけ、やはり少しは態度が変わったように思う。
そうして次の土曜日、授業参観の日となった。
応利は先にいくつか課題などやるべきことをやってから、2時間目に合わせていくことにした。3年生は3時間目までなのだという。給食が出ないため月曜日は振替休日ではない。
冬美の卒業式以来となる小学校にやってくると、受付を済ませて、スリッパに履き替えて校内を進む。
やはり小学校はすべてのものがミニチュアに見える。個性に配慮して最近の校舎は大きく作られているものの、それでも標準的な椅子や机はすべて小さく見えた。廊下の壁に貼られた掲示物や何らかの作品、独特の匂い、各教室から聞こえてくる教師の声。
懐かしさを感じながら3年生のフロアに上がり目当ての教室に入ると、ちょうどこちらをちらりと振り返った夏雄が見えた。ほかの子よりずっと背が高いため目立つのだ。
教室の真ん中あたりの席におり、応利が見えた瞬間に分かりやすく顔を輝かせた。
さらに、後ろの席の子供も応利に気づき、目を見開く。押し殺したように驚く小さな小さなざわめきに、教室の後ろに並ぶ保護者も気づき、やはり驚いたようにしていた。
先日の体育祭で優勝したばかりということもあって、どうにも注目されてしまう。
授業内容は算数のようで、ここでも懐かしさを感じつつ授業を眺める。
そして2時間目の授業が終わり、チャイムが鳴る。教師が日直に号令をかけさせ、子供たちが立ち上がって礼をしたその直後、わっと子供たちが応利に駆け寄ってきた。
「なんでパスカル!?」
「本当に轟ん家いんの!?」
「マジで雄英の圧気応利だ!」
「かっこいー!!」
わらわらと囲まれてしまい、挙句の果てにほかのクラスからも子供たちが見に来る始末。保護者たちまでこちらを興味深そうに見ていた。
「そうだよ、今は夏雄と同じ家に住んでんの。体育祭で俺のこと応援してくれた人〜?」
「「「はーい!!!」」」
「おーそっかそっか、ありがとなー」
元気よく返事をしてくれた子供たちにほっこりする。本当に応援してくれたかどうかはあまり信用ならないが、仮免だろうと町に出ればヒーローはヒーローだ。まだ高校生であっても、求められる立ち回りというのがある。
とはいえ、今ここにはヒーローとしてではなく夏雄の保護者代理として来ている。輪の外側で様子を見ている夏雄と視線を合わせて手招きすれば、夏雄が近くにやってきた。
「夏雄は普段誰と遊んでんの?」
「こいつら」
夏雄はすぐに近くにした男子たちを示す。「こいつらってなんだ!」とわいわい騒いでいるのが微笑ましい。というか、何なら周りの保護者たちは応利を含めて微笑ましそうに見ていた。