新たな日常−19


クリスマスに焦凍が母親の退院を望んだのは、冷が焦凍に火傷を負わせた事件から1年が経とうとしていたからなのだったのかもしれない。
年が明けて1月11日、焦凍は6歳の誕生日を迎えた。冷が熱湯を焦凍の顔に浴びせてしまったのは、誕生日から数日後のことだったはずだ。1月の冷え込みをさらに強める風の吹きつける日々に、あの時のことを思い出す機会も増えていたのだろう。

誕生日当日、冷はもちろん、炎司も仕事で不在にしていたため、応利が焦凍と一緒に夕食をとっている。ケーキも用意してあるが、二人しか食べないため、ホールではなくピースで買ってあるものであり、焦凍のケーキの上には数字の6をかたどった蝋燭を立てている。6本の蝋燭を立てるには面積が足りない。


「誕生日おめでと、焦凍」

「…ありがとう」

「いよいよ小学生だなぁ」


応利は努めて明るく振る舞う。そうでなければ、焦凍の誕生日を祝う席に応利しかいない空虚さが目立ってしまうような気がした。

焦凍はクリスマスのときにはケーキを食べていないが、あれは早めに寝かせてプレゼントを用意するためだった。だが、今こうしてケーキを前にしても、嬉しそうにしているようには見えなかった。

今、祝ってもらったことを受け取れなくてもいい。いつか大人になって、こうした日々に由来して悲しいことがあったとき、それでも1人でなかったと気づいて気分が上向いてくれれば、それだけで十分だ。誕生日を祝うのは、その瞬間のことだけではない。未来に今日を思い出すときにも、祝いの気持ちは時を超えて伝えられる。

だから、焦凍がついに目元を拭っても、無力感を抱くことはなかった。


「…応利くん、おかあさん、いつ帰ってくる…?」

「…、まだ時間かかると思う」

「……っ、」


ぽろぽろと涙をこぼす焦凍を、応利はそっと抱き締める。母がいないことで焦凍が涙を流したのは、実はこれが初めてだ。1年の節目を理解して、ついに堪え切れなくなったのだろう。

慰めても何も変わらない。いや、そもそも慰めにならないだろう。だから応利は、ただ焦凍を抱き締めて頭を撫でる。応利の胸元に抱き着いて、声を殺して泣く小さな子供に、ただ寄り添った。
応利にできるのは、焦凍を1人にしないことだけだ。だが、そろそろそれも、応利だけにしかできないこととしなくても良いのかもしれない。



その夜、遅くに帰宅した炎司の部屋を訪れた応利は、これまでで最も強く、焦凍と他の子供との隔離を緩めるよう依頼するつもりだった。

いつも通り、炎司は応利を部屋に招き入れる。時間も遅く、炎司も疲れているだろうことから、応利は単刀直入に切り出した。


「…今日は、焦凍の誕生日でした。祝いの席といっても俺と焦凍だけで、焦凍はお母さんに会いたいと泣いていました」

「……」


焦凍が誕生日であることは炎司も知っていた。知っていてこの時間に帰宅した。その自覚があるため、応利の言葉を遮ることはしなかった。


「いたずらにほかの子供たちと一緒にさせることは、俺もリスクがあると考えています。燈矢はかなり落ち着いているとはいえ、まだ感情の起伏が激しく思春期らしい不安定さが残っています。夏雄は3年生も終わりというところで、普段会わない年齢の離れた弟である焦凍との付き合い方を図りかねると思います」

「…冬美だけでも会えるようにしろ、ということか?」

「はい。ほかの子と比べてもやはり大人っぽいところがありますし、冬美自身、下の子の面倒を見ることが好きなようです。焦凍もすぐ懐くでしょう」


応利が今回提案するのは、冬美だけでも隔離を解除するという妥協案だった。実際、燈矢はまだ不安定だし、夏雄も焦凍と一緒にいるのは気まずく思ってしまうだろう。


「夏雄についてはどちらにしろ、しばらく小学校の登校だけは一緒に行ってもらうことになります。あえて接点を増やそうとする必要はないと思います」

「……まぁ、一理あるな」

「俺も春から正式にSKとしてお世話になりますので、半年ほどかけて、家政婦さんから家事の一部を引き継いでいこうと思っています。焦凍に俺だけがついていてやる、というのは難しくなるし、1人で夕食を取ることがないようにするには、もう俺だけでは足りません」


この春から、焦凍は小学校に入学し、燈矢は受験生となり、応利は卒業して正式にエンデヴァー事務所のSKとして働き始める。一気に生活が変わるため、応利だけが焦凍に寄り添う状況を続けることはできなかった。
そして誰も焦凍のそばにいなくなることが危険だということくらいは、さすがに炎司も理解してくれたようだった。


「…分かった。冬美だけは焦凍と過ごすことを許可しておく」

「はい。でも、冬美に母親役を押し付けるようなことはしないでくださいね。俺も、あいつ自身がそういう役回りをしようとしないよう注意しておきますけど…あの子だってまだ中学生です、一人娘だからと母親代わりにさせるのはグロテスクすぎます」

「分かっている。冬美が母親になろうとしたら、お前が止めろ。俺が言っても聞かんだろう」

「承知してます」


これでなんとか、焦凍を1人にしない道筋にめどが立った。冬美も最近は特に焦凍を気にしていたため、一緒にいられるようになれば、単純に姉として喜ぶだろう。世話焼きな性格であるため、母親役を自分で引き受けようとする可能性はあるが、それは応利が止めるつもりだ。

少しずつ、それぞれが成長して落ち着いてくれば、もっと兄弟で一緒にいられるようになる。あと少しの辛抱だ、と自分に言い聞かせた。


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