目標への道−3
夏も終わり秋が深まり始めた10月、応利はようやく普通自動車免許を取得した。やはり仕事をしながら通うのは大変だったが、車社会の静岡県でようやく免許を手に入れられたのは大きい。
轟家には、炎司が普段使いする車と、冷や家政婦が使っている家事用の車がある。事務所の車を停めることもあるため、ガレージは非常に大きい作りになっている。
そして、時を同じくして10月より、本格的に家政婦と応利とで家事の分業が始まった。
応利が担当するのは、平日の朝食と休日の3食、自分と燈矢・夏雄の洗濯、リビングなど共同空間および道場の掃除だ。
家政婦は平日の昼夜の食事と応利が仕事で不在のときの分、炎司と冬美の分の洗濯、応利の部屋以外の各私室と庭の掃除を担当する。買い物は各自で使う分を購入するが、調味料や洗剤など共通して使うものは冷蔵庫のホワイトボードで示し合わせることになる。
最初の土曜日、応利は早速、休日の分の料理に必要な食材を買いに行こうと、玄関で靴を履きながら家事用の車の鍵を手に取る。
ちょうどそこに、訓練に行こうとしていた燈矢がやってきた。
「あれ、応利出かけんの?」
「買い物。俺の隣乗せてやろうか?」
車で行くと案に伝えれば、燈矢は一瞬、顔に喜色を浮かべたが、すぐに曇らせる。
「…いや、でも……」
初心者の運転で大丈夫かという不安、乗ってみたいという気持ちが複雑にぶつかり合っているのが分かる。それが面白くて笑ってから、もともと燈矢を買い物に連れて行ったところで何を手伝ってもらえるわけでもないため、応利から断りを入れる。
「冗談だって」
「そ、そっか」
しかしそれに対して燈矢があからさまにホッとした様子だったため、応利は一応、その膝を蹴っておいた。
その後、買い物を済ませて昼食を用意する。和食派の炎司には肉じゃがと、健康を意識した塩麴のオリジナルの味付けをしたサラダ、塩分が多すぎないようお吸い物を汁物として用意する。焦凍も一緒に食べるだろう。
一方、和食はどうしても塩分の調整が面倒であるため、子供たちには洋食である。炎司に買わせてもらったフードプロセッサーで作るカボチャのスープとミートソースパスタにした。もちろん、ミートソースは一から作った。こちらは応利も食べるため、体が資本である身であることから、肉や調味料に拘るために自分で用意した。
まず炎司たちの食卓に食事を運ぶ。持ってきた応利を見て、炎司と焦凍はそろって首を傾げた。焦凍は嫌がるだろうが、少し似ていた。
「今日からお手伝いさんと分担してます。休みの日の食事は俺が作ることになったんで、今日が初日です。味付けとかは調整するので言ってください」
「これをお前が作ったのか。相変わらずなんでもできるのだな、お前は…」
しっかりとした和食メニューであったため、さすがに炎司も驚いていた。焦凍も応利が作ったと聞いてどことなく嬉しそうにしている。
しかし、よその家の父親に初めての手料理で煮物を出すとは、まるで新婚で嫁いできた古い時代の女性のようで、ちょっとチョイスを間違えたかと思ってしまった。だが、さすがにそこまで炎司も古い人間ではなかったようで、気にした様子ではない。
肉じゃがを口に運んだ炎司は、食べてもなお驚く。
「…うまいな。結婚相手には困らんだろう」
「いやそれブラックジョークすぎますよ…」
そして出てきた感想に、思わず応利は呆れる。個性婚で無理やり子供を産ませた男に言われるのは極めて複雑な感情である。
「おいしい」と純粋に言ってくれる焦凍だけが癒しだった。
一方、子供たちの食卓には洋食を持って行き、応利もそこで一緒に食べる。
ミートソースもスープもすべて自分で作ったと聞いて子供たち、特に冬美が驚く。
「えっ、市販とかじゃないの?すごくない?」
「市販だと塩分とか肉の種類とか選べないからな」
「主婦ってかアスリートだよね」
「主婦でもアスリートでもなくヒーローな」
冬美はクオリティに感心した様子だ。夏雄も「おいしい!」と言いながらパスタをかきこむ。
それに対して燈矢は、無言でパスタをガツガツ食べ進めていく。
「俺はもっと肉多めで塩っ気多くてもいい。あと魚とか生臭いのは好きじゃねぇ」
特に褒めたり感想を述べたりはしないものの、味の希望を出してくる。そういう方が助かるのは確かだ。それに、一心不乱に食べているのを見れば気に入ってもらえたのだと言葉がなくても分かる。
「俺はアレルギーじゃなきゃ好き嫌いは許さねぇぞ。全部食わせるからな」
「まぁ、応利が作るンなら食うよ」
スープを飲んでから燈矢は何でもないように言った。美味しいという感想よりもさらに雄弁な言葉に、応利は紅茶を飲んで誤魔化しつつ内心で照れる。たまにこういう、ストレートに刺さる言葉を天然で言ってくるのだ。
「ミートソース余ってる?」
「余ってる。パンも買ってあるから足りなかったら食っていいぞ」
「おー」
燈矢はあからさまに嬉しそうにして立ち上がる。もう食べ終わっていた。さすがに冬美も燈矢の様子に呆れている。
ふと、立ち上がった燈矢の目線が高いことに気づく。なんと、身長がギリギリ抜かれていた。
この1年で急に成長しており、毎晩成長痛で呻いていたが、それによっていつの間にやら応利は身長が抜かれてしまっていた。
筋トレの成果も応利より出やすいようで、体の厚みも増している。
ともすればあの火災事故で亡くなっていたかもしれない燈矢が、こうして応利を抜くまで大きくなっていることに、感慨深く思わずにはいられなかった。