目標への道−12
職場体験が終わり、梅雨も過ぎて夏がやってきた。
その8月の初旬、ついに、燈矢が冷の見舞いに行くことになった。
冬美と夏雄はかなりの頻度で冷と会っており、衣服の持ち込みなどは冬美が家政婦に代わって行うようになっていた。
一方、入院の直接のきっかけとなった炎司と焦凍、そして追い詰める要因の一つだった燈矢はまだ見舞いに行っていない。
応利も冷の様子を確認していたが、あれから2年以上が経過し、燈矢にも会いたい、と冷の方から希望するようになっていた。雄英に入学できたこと、体育祭で優勝できたことなどを見て、ヒーローの道を進んでいる姿に心を動かされたのだろう。
応利は冷の希望と病院の見解を確認し、問題がないことが分かった段階で燈矢に話をした。燈矢は少し悩んでいたが、見舞いに行くことを了承してくれたため、応利は燈矢を連れて病院へ向かった。応利がいるのは念のためだ。冷が不安定になったり、燈矢が逆に傷ついたりしないように、という安全弁としての役割である。
車を出ると、暑い日差しが肌を刺す。日差しから逃げるように足早に病院内に入ると、燈矢は目に見えて緊張していた。
病室へ続く廊下を歩きながら、応利は声をかける。
「体育祭、中継を全部見てくれてたらしいぞ。学校のこと話してやるといい」
「…ん、分かった」
まだ声音は固いが、応利はいつも通りのトーンで話したため、燈矢は少し落ち着きを取り戻す。実に2年半ぶりの再会だ、無理もない。
そして病室にやってくると、ノックをする。
「冷さん、燈矢連れてきました」
「どうぞ、入ってちょうだい」
冷の許可を得て扉を開くと、デスクチェアに座った冷が出迎えた。応利の背後から出てきた燈矢を見て目を見張る。
「燈矢…一気に背が伸びたわね、夏雄もどんどん背が伸びていたけれど」
「ついに俺も抜かされちゃったんですよね」
応利は軽くそう言いながら燈矢を室内に促す。パイプ椅子を冷の近くに置いてそこに座るよう指さし、応利は離れた位置のパイプ椅子に座る。
燈矢はまだ何を言えばいいのか分からないようで、無言のまま椅子に腰を下ろした。
すると、冷は燈矢の首元を見て表情を曇らせる。
「その首筋の火傷跡…お山での事故のときね」
「…あぁ」
表に見えているのはごくわずかだ。だが、このような跡が鳩尾や脇腹、鎖骨あたりに広がっていることは知っており、冷は深く頭を下げる。
「ごめんなさい、私たち親が、二人そろってあなたのことを否定してしまった。まずはあなたの気持ちに寄り添うべきだったのに。挙句、あのときまだ高校生だった応利君に任せきりにして…至らない、ひどい親だった。本当に申し訳なく思っているわ」
ぎゅっとワンピースの裾を握りしめる冷に、燈矢は一瞬沈黙する。言葉を選んで、口を開いた。
「…お母さんのことは恨んでない。応利の言う通りに、火力を制御する訓練をあんましてなかった自業自得だった。むしろ俺の方こそ、お母さんのこと追い詰めるのに加担しちまってた」
丁寧にそう述べた燈矢に、応利は内心で少し驚いてから目を伏せる。
燈矢は雄英に入れたことや体育祭で優勝したことなどで心の余裕が大きくなっており、当時の自分の振る舞いに後悔を抱くようになっていたようだ。
本当に成長した。大きくなったのは体だけではない。あの事故の後も様々な葛藤や困難を乗り越えて、目標への道を進んでいる。
「あのとき一番追い詰められてたのはお母さんだった。親父が俺を見てなかったように、俺も、家族のこと、全然見えてなかったんだ」
「燈矢…」
「でも今は問題ねぇ。ずっと応利が俺のこと見てくれたし、今だってそうだ。おかげで、俺も色んなモン見られるようになったし、考えられるようになった。俺はもう、大丈夫だ。だからお母さんも、自分のこと考えてくれ」
その言葉を聞いて、冷は表情を歪ませて目元を拭う。
燈矢とのことに整理がついた安堵、自分を思いやってくれた嬉しさ、成長した喜び、そしてその成長を見守ることができない不甲斐なさと悲しみ。そういったものが混ざり合っているのだろう。
泣いてしまった母親に、どう言葉をかければいいのか分からなかったのか、燈矢はぽりぽりと頬をかいてから、とりなすように言葉を続ける。
「まァ、なんだ、あれだ、退院してまた次クソ親父が手ェ上げたら今度は俺が燃やすから、安心して退院していいよ」
「いや安心できるか!普通に止めろ!つか止められるように鍛えとけ」
とんでもないことを言い出した燈矢にツッコミを入れる。こいつは本当にやるだろう。
舌打ちをして「はいはい分かりましたァー」と反省しない様子にどつくと、二人のやり取りを見て、ようやく冷も微笑んだ。
その後も、燈矢は学校でのことなどを冷に話して、冷もここ最近のことを尋ねるなどして、二人は穏やかな会話をした。
燈矢にとっても、心に蟠っていたものが取れたような感覚なのか、普段よりも穏やかな表情をしている。
二人の間に起きた出来事は、簡単に解消できるようなことではない。これからも、当時のことがフラッシュバックして、二人の心を波立たせることになるだろう。
それでもきっと、二人は親子として、新たな一歩を踏み出すことができたのだ。