それぞれの想い−5
6日後、燈矢の誕生日となった。
何をしてくるのかと警戒していた応利だったが、あれ以降、燈矢は一切何もしてこなかった。あの夜のことは酔っ払ってみた夢か何かだったのでは、と思うほどだったが、ふとしたときに目が合うと、あの夜と同じようにニヤリと笑みを浮かべるため、やはり夢ではなかったと気づく。
応利だけが若干の挙動不審となってしまったが、18日の日曜日、燈矢の誕生日当日を迎える。応利も今は稼ぎがある以上、モノをプレゼントしてやっても良かったのだが、燈矢からは相変わらず料理を所望されている。
しかし、昼食を作るために台所に立っていたときだった。
燈矢が入ってくるなり、突然、サラダを和えていた応利の背後に立って、後ろから抱きしめるように腹に手を回してきた。
「なっ、おい、」
「応利、今日俺誕生日だろ?プレゼント欲しいンだけど」
さすがに手が止まる。じと、と背後の燈矢を見上げるように睨むと、燈矢は笑う。
「おいおい、そんな警戒すんなよ、傷つくじゃねェか」
どう考えても燈矢のせいだが、確かに少しあからさま過ぎたかもしれない。そもそもここ数日、露骨に動揺してしまっていた。
「え、あー…悪い」
「ハ、ここで謝っちまうんだもんなァ。その優しさが俺をこんなにしちまったんだからな」
そう言って応利の肩にぐりぐりと顔を埋めてくる。柔らかい髪がくすぐったい。自分のせいだという自覚はあるようで何よりだ。
「お前が勝手にそうなってんだろ。普通に考えていきなりキスとかやべぇからな」
「よく殴らなかったな」
「やり返すときに拳は必要ねぇからな、俺の場合」
手を汚すまでもなく相手を気絶させられるのが応利の個性だ。間接的に、あまり行き過ぎた行動をすれば個性の発動も辞さないという姿勢を伝えてもいる。
それを正確に理解した燈矢は肩をすくめる。
「俺も気絶させられる覚悟ではあったけどな。お前が何も報復してこねえから、応利にとって大したことじゃなかったらどうしたもんかな、と思ってはいた」
「どういうこと?」
「キスくらいなら誰とでもできるとか、これくらい慣れてるって感じだったら、強硬手段に出てたかも」
「俺に勝とうなんざ100年早い」
「いやそこじゃねェだろ…」
もちろん応利も分かっている。要は、応利が慣れているから燈矢とのキスに大したリアクションを示さなかったのだとしたら、より強引に分からせていた、ということだろう。できるものならやってみろという話だが。
「で?プレゼントって何が欲しいんだよ」
ただ、こちらも昼食の準備中だ。とりあえず本題に戻ると、燈矢はようやく体を離した。温もりが離れることに心なしか寂しさを覚えたような気がしたが気のせいだ。
「無茶な要求はしねぇよ。今の俺じゃあんたに釣り合わねぇから、付き合えとかそういうのはしねぇし、キスも、多分しねぇ」
「多分じゃないだろ、同意なくするな」
「はいはい。ま、とりあえず今はただ、あんたへの気持ちを持ったままにさせてくれ。そんで、告白みてぇなのも俺が覚悟決めたときにさせて欲しい」
燈矢の要求は、聞いてみればそんなことだった。答えをすぐに求めることはしないから、今はただ、好きでいさせてほしいという健気にも聞こえる表現だ。
「…いやもうそれほぼ告白だろ」
「俺はまだ自分の気持ち言ってねェしな。それに、こんくらいのが意識するだろ?」
戦闘中に見せるような不敵で好戦的な笑みだ。こんなことを言われて、意識しないわけがない。
だが、ここ数日ほど意識しすぎることももうないだろう。なんであれ、燈矢は今の関係を変えるつもりがない。それなら、応利がするべきこともないだろう。燈矢がこの境界線を越えないのなら、燈矢の言動を警戒する必要はない。
「…はいはい、分かったよ」
ついに応利が折れて受け入れる。燈矢は気軽に笑い、「それはそれとして蕎麦にしてくんね」とのたまった。