それぞれの想い−7


燈矢が雄英高校に入学してからは、山での訓練に付き合うことはほとんどなくなっていた。高度に専門的な指導をきちんと学校で受けられるため、個性がまったく違う応利の指導を受ける必要はもうないからだ。

ただ、体育祭の準備期間だけは例外だった。体育祭の準備は各自で行うことになっており、公平性のため、教員による指導はない。ゴールデンウィークであり教員がそもそもいない期間ということもある。
そのため、体育祭の準備期間中は、応利が燈矢の訓練に付き合うようにしていた。

燈矢が2年生に上がり、すぐに体育祭の時期がやってきた。
準備期間のある日、道場は炎司と焦凍が使っているため、二人は5月の新緑が眩しい山の中に来ている。
いつもの沢のほとりで、準備運動のあと、個性なしでの組手をしてから、炎の指向性コントロール訓練に入る。

冷却が必要なタイミングになったためいったん休憩とし、沢の水で冷却したが、燈矢はすぐに訓練を再開した。以前ほど、休憩のタイミングや時間についていちいち注意することはしなくなっていた応利だったが、さすがに短すぎる。


「もう再開すんのか」

「1秒も無駄にできねェしな」


かつてのような自滅的なやり方ではないことから、応利も厳しく注意するつもりはない。きちんとそのあたりも学校で指導されているし、実際、最低限の冷却は行えている。

前回の体育祭こそ余裕で優勝できていたが、あれから1年、やはりほかの生徒との差は詰められているのだろう。前回の体育祭の時点で応利が予想していた通り、ヒーローの息子というアドバンテージによってできていた差は急速に縮まり、今回は苦しい戦いになることを自覚しているように見えた。


「…随分焦ってんね」

「応利に並ぶためには優勝しかねェからな」

「っ、そっか…」


なんと、燈矢が優勝したい理由は、応利の記録に並び立ちたいからだという。応利と対等になりたいと願う燈矢の目標は、応利と同じ3年連続優勝。
単に優勝したい、負けたくないという理由ではなく、それもあるのだろうが、一番は応利と同じになりたいからということだ。

焦って使用するには、自分にも相手にも危険な個性だ。しかし、優勝する必要はない、などということは応利の口からは決して言えない。
多少の無理はPlus Ultraしてもらうしかないとはいえ、本当に危険なことになるのは、大人として避けなければならない。


「…燈矢、炎を足から出して動く練習してる?」

「学校ではその方向で訓練多くしてっけど…」

「体育祭はコスチュームを持ち込めないから、唯一持ち込める靴でしか工夫はできない。足から炎を出すことで、俊敏に移動するのと、素早く足蹴りをする攻撃が可能になるのは分かってると思うけど、特に今回は移動の速度が重要になる」

「炎は遠距離攻撃だろ」

「だからだよ」


足技の訓練の重要性はすでに理解しているようで、学校でも訓練を続けているとのことだが、今回は特に足を使うことが重要だ。燈矢自身と相手を守るためというのが応利としての理由だが、戦略的な理由でもある。


「炎は気体だ、どうしても拡散するから、相手に当たるまで使い続けるのは燈矢の体に負担が累積してくだろ。今回、コスチュームがないことは冷却ができない燈矢にとって不利だけど、相手も炎から身を守るすべがない。その温度の炎は少し浴びるだけでも戦闘不能になるし、相手もそれを警戒して、至近距離で炎が迫れば回避行動に出るしかなくなる」

「…遠距離個性のはずの俺が近距離に迫ることで、相手に隙を作らせるってわけか」

「そ。もちろん、本戦で後半に戦う相手はその戦い方を知って出てくるわけだけど、速度が早ければ、知ってても対策できない」


速度は圧倒的な武器だ。応利の2個上のプロヒーローにインゲニウムがいるが、彼の速度は他を圧倒し、分かっていてもどうしようもない相手だ。もし1対1で戦うとなると勝てるかどうか分からない。それほど速度は絶対的要素になりうる。

速度に青い炎の高温まで加われば、相手は打つ手がない。至近距離になったら逃げるほかないわけで、それは致命的な隙になる。


「あとはそうだな、焦ると感情が高ぶって制御できなくなる可能性がある。そうなると失格判定になるかもしれない。相手は自分をよく知っているし、それはヒーローにとってのヴィランも同じ。相手に勝つってのは自分に勝つってことでもある。だからまずは自分に勝たねぇとな」

「…分かっちゃいるが、簡単にできることじゃねェだろ」


感情と個性が直結する危険性を重々承知している燈矢だが、指摘されてすぐ改善できるなら苦労しない。


「そうだな…落ち着くためのトリガーになるものがあるといいな。思い出とかでもいい」


これを思い返せば落ち着く、というものを用意することだ。広く言えばルーティンを行うのも同じ効果がある。
燈矢は少し考えてから、周囲の木々を見上げた。いまだに、木の幹や枝には、あの夜の火災で焦げた跡が残っていた。


「…あの日、応利に助けてもらったとき」


そしてそう一言呟いた。あのときのことを思い出せば落ち着く、ということらしい。助けてもらった、ということはうっすら覚えているそうで、特に炎の中で応利が抱き締めた瞬間のことを記憶していると言っていた。

それに言葉が詰まり、応利はつい、燈矢を抱き締めた。あの頃は腕の中にすっぽり収まったというのに、今や手が足りず体が余ってしまう。


「……すっかり、でかくなったな」

「体だけじゃ意味ねェ、けど、今はこれでいい」


そう言って燈矢も応利を抱き締める。また少し背が伸びて、目線の位置に燈矢の綺麗な鼻筋と鼻ピアスが来るような差になっていた。
風が吹くとまだ少し肌寒く感じるような5月初旬ではあるが、炎系の個性だけあって燈矢は体温が高く暖かい。


「…大丈夫、もうお前は自分の炎に焼かれない。敵を倒して誰かを守るための炎だ」

「……あぁ、そうだな」


もうあの夜のようなことにはならない。覚悟を決めてこの道を歩く燈矢の炎はすでに、自分や誰かを傷つけるものではなくなっている。


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