それは地獄のような−1


燈矢と出会った職場体験から1年が経った。
応利は2年生になり、学年トップの成績を維持している。

そして、燈矢との秘密の訓練は、概ね1カ月に1、2回程度の頻度で継続していた。轟家がある凝山地区にほど近い山の中、まだ炎司に訓練を見てもらっていたころに使っていた場所で落ち合って、燈矢の訓練を監督している。
当然ながら、炎司はもちろん轟家の者は誰も知らない。燈矢自身、両親からの干渉を防ぐためにこうして訓練していることは黙っているそうだ。そのため、燈矢以外の轟家の者たちとは職場体験以来、会っていない。

いくら家庭事情がひどいものとはいえ、他人様の子供の個性使用を伴う訓練を、親の許可なしに勝手に見ているのだ。さすがに許されることではないため、応利も慎重に行っている。

2年生の教室にも慣れ始めた4月、この日も応利は燈矢の訓練に付き合っていた。

瀬古杜岳というなだらかな低山で、程よい沢が流れている森の中であるため、火傷したときにすぐ冷ませるメリットがあった。人里からも離れており、火災の心配も少ない。

沢沿いの開けた場所で、右手の指先から炎を出す燈矢に、本当にセンスがあるな、と応利は驚いていた。


「どう!?できてる!?」

「だいぶできてる。全部の指から出せるか?」

「うん、ちょっと待って!」


燈矢はすぐに、きゅっと眉根を寄せて集中し、右手の指すべてから蝋燭のように炎を出した。すべての炎が揺らがず均等に出てきている。
炎の精密なコントロールに軸を置いて訓練するよう指示していたが、ここまでできるようになるとは思わなかった。会うたびに、成長速度に驚く。


「…すげぇな」

「まぁね!でも、体から離そうとするとすぐに消えちゃうんだよな。どうやったら離れた場所のコントロールってできんの?応利君の個性も範囲型だろ?」


応利の個性は、圧力と応力の操作だ。触れた物質の圧縮と拡散、および自然発生している圧力と応力の制御を行うことができる。
応利は主に、気圧を制御することによって相手を瞬時に酸欠に追いやって気絶させる使い方と、膨大な気圧によって相手を地面に押し付ける拘束、地面が気圧に対して発生させる応力の増大による反発の力を応用した戦闘方法などによって戦っている。


「自分の体から効果を生じさせる地点までの個性の波及に意識を向けることだな。俺の場合は、細い糸みたいなものが伸びてるイメージでやってる」

「え、でもそれだと離れた場所で大きなことできないじゃん」

「それをできるようにするのが訓練なんだよ。炎は目に見えるんだから簡単だろ?」

「簡単じゃねーから!」


できないことに直面して拗ねてしまうのは子供っぽくて可愛らしいが、とはいえ燈矢はこの4月に中学1年生になった。早生まれのため平均より小柄だが、血筋を考えれば大きくなるだろう。自然と個性の程度も強くなるはず。

燈矢はかなり感情の起伏が激しい。自身の中にある激しい情動を抑えきれないのだろう。あれだけ親に抑圧されたり親に顧みられなかったりすればそれも仕方ないことだと思う。
しかし個性は感情によって制御できることもあれば、逆に制御不能になることもある。炎や水など原始的な個性の場合、制御不能になることが多いと一般的に言われている。

思春期に入ることもあって、燈矢が己の感情をコントロールできるようにならないと、個性もうまく制御できなくなる恐れがあった。
だがさすがに、応利は教育の専門家でもなければ親でもない。子供のそうした成長まで面倒を見られるほどの知見はなかったし、それは本当に越権行為だ。そこまで他人の家庭に割って入るわけにはいかない。

応利にできるのは、将来の危険を避けることだけだ。


「…そろそろ休憩しよう。いったん指先冷やしてこい」

「はーい」


素直に言うことを聞いているのは、以前に「もうちょっとやる」と言って聞かなかったときに叱ったからだ。なぜ怪我を早く治す必要があるのかなど、その危険性や悪影響を理論的に激詰めしたところ、言うことを聞くようになった。反抗する余地を奪うのはあまり良くないのかもしれないが、怪我についてはこちらも妥協できない。

燈矢はおとなしく川に指先を浸すが、そのまま話しかけてきた。


「あのさ、次の体育祭、見に行っていい?」

「俺は構わねぇけど、エンデヴァーさん許可出すのか?」

「出すと思うよ、俺が応利君のこと慕ってるように見せれば、応利君のこと使えるって思うはずだし」

「へぇ、実際には慕ってねぇって?」

「ちが、そういうんじゃないってば!」


淡々と凪いだ表情で言ったためからかってやると、途端に年相応に笑う。直接肯定するのは恥ずかしかったようだが、照れている表情で丸わかりである。こういうところは可愛いんだけどな、と思いつつ、燈矢の言うことはもっともだと思った。
恐らく炎司は体育祭の観戦に許可を出す。燈矢に言うことを聞かせる接点として機能することを期待するはずだ。

息子にそう思われていること自体、どうかと思うが、それはもう今更だ。
なんであれ、負けられない理由ができたことには変わりなかった。


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