それぞれの想い−11


燈矢は焦凍たちの後ろを歩きながら、先頭を歩く応利を見つめる。

なぜ自分まで夏祭りに呼ばれたのかと疑問だったが、当然のように応利は燈矢と二人で引率をするのだと思ってくれていることが分かり、気分が高揚している。我ながら単純すぎると呆れる部分もあったが、そこは無視していた。

思えば、クリスマスのときも同じように焦凍のことについては燈矢を同じ立場で頼ってくれたし、冬美たちとは明確に扱いが違う。

それに、不思議とこうして応利と引率する、という意識に立ってみると、妹・弟たちが急に守るべき相手として思えてくる。兄である自覚、というのは、正直普段はあまりない。自分は自分であり、ヒーローになるための道のりしか見えていない時間の方がずっと長かった。
それでも、応利が焦凍の面倒をみるときに燈矢を付き合わせた際、焦凍を弟だと思えるようになったように、こういう時間は兄としての意識が強くなるように感じる。

そういうところも本当に単純だと思った。

だが、単純だと言うなら炎司もそうだと思っている。
そもそも、今回炎司がこうして焦凍と自分との接触を許して全員で行動させているのは、応利の存在が大きい。炎司の態度が軟化しているのは、間違いなく、応利の働きかけによるものだ。

高校生のときから、燈矢や焦凍を助け、寄り添おうという姿勢をきちんと示してきた応利だったが、あの火災の翌日、燈矢の病室を訪れた炎司に泣きながら掴みかかったことが、最初の転機だったのだと思う。
その後も応利が冷に寄り添い、家事を手伝い、事務所で活躍し、燈矢を導き、子供たちの面倒を見ていく中で、炎司が応利に向ける目も明らかに変わっていた。

燈矢も、体育祭で2連勝し、焦凍への感情が非常にフラットなものになってきているため、不思議と炎司の思考回路がなんとなく分かってしまうようになっていた。
炎司が焦凍と燈矢の確執の低減を認め、子供たちにとって応利の存在が大きいことを理解し、応利が子供たちのことを心から心配して考えていることを信頼しているのは、すべて応利のこれまでの振る舞いによるものだ。

そういう炎司の思考が読めてしまうのは腹立たしいが、ほかならぬ燈矢が応利によって考えを変えさせられているため、どうしても分かってしまうのだ。


そうやって考え事をしていたときだった。

突然、参道の背後の方で人々のざわめきが急に大きくなった。恐怖や驚きの滲む声にすぐ振り返ると、暑い中マスクに帽子までした男が、女性もののバッグを持って、人々を突き飛ばしながら走り出したところだった。
足から何か液体を分泌することで素早くスケートのように滑走しており、人々は避ける間もない。


「ッ、応利…!?」


燈矢は咄嗟に捕まえようと一歩踏み出したが、そのときにはすでに、応利が気圧を下げて男を気絶させ、応力で地面を跳躍して突き飛ばされた女性を抱きかかえて助けていた。

察知、判断、行動、すべてが並行して行われ一瞬で処理されていた。

職場体験でも感じたことだが、こういう一瞬の判断と行動の早さは、とても今の燈矢に追いつけるものではない。まだ厳然と、経験の差が二人の間に横たわっていた。

応利と対等になりたいと努力を重ね、体育祭で優勝し、仮免取得を目指しているが、それでも二人の差は歴然で、まだまだ遠い背中に少し気分が落ち込みそうになる。
これではいつまで経っても告白などできるわけもない。

だがそこに応利が声をかけてきた。


「燈矢、俺はこいつを警察に引き渡すから、みんなのこと頼んだ」


ひったくり犯を抱えた応利は、燈矢の後ろにいる子供たちを示す。
振り返って見てみれば、冬美も夏雄も焦凍も、不安そうにこちらを見つめていた。

かつてなら、応利はこの場面で決して冬美たちから離れなかっただろう。大丈夫だよ、と声をかけて安心させ、落ち着ける場所に移動し、動揺をほぐそうとケアにあたったはず。
それをせず、応利は燈矢に3人を任せたのだ。子供たちを預けるに足ると信頼してくれていることの現れだ。


「…分かった」

「任せたぞ」


そう言って応利はひったくり犯を境内の外へと担いで連れていく。鞄を女性に返し、歓声を上げる人々に応えながら、すでに警察のサイレンが聞こえ始めた参道の先へと歩いて行った。

任されたものの重みを理解し、その信頼を感じた。それだけで、先ほど一瞬沈んでいた心も持ち直す。
経験の差はすぐに埋められない。だが、縮まらない差ではない。むしろ、こうして大切な人を託してくれる信頼をこそ、燈矢は大切にするべきだ。
きちんと燈矢は、応利に近づけている。


「休めるとこ探して応利を待とう」

「うん、わかった」


弟たちにそう言えば、冬美はすぐに頷く。まだ夏雄は不安そうにしているため、その頭を撫でてやった。


「大丈夫、兄ちゃんがついてる」

「…うん!」


こんなことは初めて言った。口にすると、なぜか奮い立つような気がした。


63/97
prev next
back
表紙に戻る